||飛行機雲





それから一週間が経った日の事だった。あれから私は毎日のように屋上に来ていて、授業をサボりつつは仁王と駄弁っていた。ファンクラブは怖いけれど、要はばれなきゃ良いという仁王の言葉に妙に安心してしまって、最近ではあまり気にならなくなった。
彼と仲良くすることに抵抗はなくなってきたし、もともとファンクラブの存在さえ気にしなければ彼は良い友人なのだ。思いがけぬできた新たな友人に、私は内心喜ばずにはいられなかった。
日に日に暑さは増し、蝉の大合唱も耳を劈く程にうるさくなってきている。
それはまるで、絵に描いたような「夏」の風景だった。

「来たよ」
「・・・ん、おはようさん」

眠たそうに瞼を擦った仁王を見て、私は軽く笑いを零した。その猫のような仕草は見ていてどこか落ち着くのだ。仁王は大きく欠伸をしてから、タンクを上ってきた私に小さく笑みを向けた。

「今日は一段と暑いのぉ」
「そう?気のせいでしょ」

ここのところ、彼は私が来る度に同じ言葉を繰り返す。それに何の意味があるのかはわからないが、彼にとっては何の意図もないのだろう。仁王はとても気まぐれな人間だ。

「暑いぜよ」
「それならここにいなきゃ良いのに」
「ここにいなきゃお前さんに会えん」
「別にどこでも会えるでしょ。メールで連絡もできるんだし」
「・・・夢がないのぉ」

呆れたように溜息をつかれた。あれ、可笑しいな、私変なこと言ったっけ。

「・・・あ、見て」
「なんじゃ」
「ひこーき雲」

つられたように仁王が空を見上げ、私の指差す方に視線をやって動きを止める。オォォ、と唸るような音を上げて飛んでいく飛行機は、確かにその軌跡を空に残していた。

「ほんまじゃ。久しぶりに見たぜよ」
「え、けっこう見るけど」
「俺は基本的にいつも寝とる」
「勿体ない、それじゃ何も見れないじゃん」
「見れるぜよ、裸の女の子の夢は」
「死ね」

特に話すことも無く、二人して空をぼうっと見上げながらそんな事を駄弁った。会話と言うよりも独り言に近いような言い合いだが、それでも私にはそれが楽しかった。

「・・・あ、そういえば」
「なんじゃ」

途切れかけていた会話の最中、突然ぽつりと呟いた。白く空に線を残していく飛行機雲を見ながら、思い出したことがあった為だ。

「屋上で飛行機雲を一緒に見た男女は、永遠に結ばれるんだって」
「・・・へぇ。初耳じゃ」
「あ、そうなの?けっこう有名だと思ってた」

なんとはなしに笑って見せると、仁王が私の方を見た。私も空から視線を外し、仁王の方を見る。訝しげに首を傾げて見せるが、仁王は微妙な苦笑いのまま固まっていた。

「仁王?」
「・・・ちなみにその話、信憑性はどんくらいじゃ?」
「さぁ、知らない。あ、でもそれで3年間続いてるカップル知ってる」
「・・・ほぉか。なら、信じてみようかの」

そう言った時の仁王の表情はどこか嬉しそうで、私は更に首を傾げた。それにしても、仁王もこういう話を信じるのか。勝手なイメージだが、仁王はいつも中立的な答えを選んでいるような感じがしていた。
信じているが、信じていない。好きだけれど、嫌いでもある。
距離感を掴むのが上手い、というのはこういう事を言うんだろう。いや、逆に「下手」とも言えるのだろうか。

「・・・あ、チャイム鳴った」
「そうじゃな」
「じゃ、私行くね。また来る」
「おん。・・・楽しみにしとるわ」

仁王は珍しく優しげに微笑んで、それからそっと目を閉じた。これからまた一眠りするつもりらしい。

「・・・おやすみ」

自分でも聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟いて、給水タンクを飛び降りた。


ギラギラと輝く太陽が、彼の銀色をそっと照らしていた。

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