||真実を知る
◇
それから次にメールのことを思い出したのは、1時間経ってからだった。英語の授業中だったんだけど、不意に、ハッと。私はポケットから携帯を取り出して、机の下でそれを開いた。流石に堂々とやってると注意されるし、そうすると色々と面倒だ。
「・・・なにこれ」
ぼそりと、思わず呟いた。隣の席の上田君が怪訝そうにこちらを見てきて、それに気付いた瞬間パタンと携帯を閉じた。見られたら非常に不味い。っていうかなんでこうなった、ついに幻覚が見えたか。
(・・・気のせい、だよね?)
ふぅー、と息を吐いてから、(そこでまだ上田君が眉を寄せていたけど、あえて無視した)携帯をもう一度開く。そして閉じる。
開く。閉じる。
「あんの野郎・・・・・・」
ひくっ、と口元が引きつるのがわかった。ビクリと視界の端で上田君が震える。でももう気にしない。それどころじゃないから。
(変更ってどうやるんだっけ・・・)
長らくその操作をしていなかったから、少し記憶が曖昧だ。まぁなんとかなるだろうと思い直して、私は再び携帯を開いた。
そして飛び込んでくる仁王の妖艶な笑み。
手早くメニュー画面を開いてそれをかき消すと、適当に携帯をいじって画像を他のものに変える。なんで仁王の写真が待ちうけになってるんだよ私知らないぞこのやろう。っていうかいつの間に変えたし。あれか、私が携帯丸ごと渡したのがいけなかったのか。
(メールで抗議してやる・・・)
はぁ、と溜息をついて苦い笑みを浮かべた。アドレス帳をいじって"まーくん"と書かれた仁王と思しきアドレスまでスクロールして、メール作成画面に飛ぶ。さぁ、なんて書こうか。数学教師の寒いギャグか、それともさっきの事をいきなり書いてやろうか。
(・・・・・・)
色々迷った挙句、結局無難に挨拶程度のものにした。なんだろう、メールを送るだけですごく疲れた。ちくしょう誰のせいだ。上田君か?
「・・・あ、」
携帯を一度しまおうとしたところで、メールが届いた。驚いて、思わず声が漏れてしまう。上田君は私のそんな様子にまた眉を寄せ、そしてそれを再び私はスルーする。・・・ダジャレじゃないよ。
(返信早っ)
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Sub:(件名なし)
From:まーくん
待ち受け画面は見たかの?
フォルダに保存しておいた
から、好きなように使いん
しゃい。ただしファンクラ
ブには売るんじゃなかよ。
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(・・・ファンクラブ?)
何のことだろう。ウチの学校にファンクラブなんてテニス部以外にあったっけ?それとも学校じゃないとか。っていうか、この言い方だと仁王にファンクラブがあるみたいな・・・。確かにイケメンだけど。
――――――――――――
Sub:(件名なし)
To:まーくん
ファンクラブってなに?
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短くそう返して、返信を待つ。いつの間にか、待ち受け画面の事は完全に忘れてしまっていた。
(・・・きた)
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Sub:(件名なし)
From:まーくん
俺のファンクラブじゃよ。
テニス部の仁王雅治って聞
いたことなか?
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(・・・は?テニス部?)
突拍子も無い文に、思わず首を傾げる。だってテニス部といえば、この学校ではアイドルのような存在なわけで。しかもこんな言い方をするという事は、最低でも準レギュラー以上じゃなかったら可笑しい。
――テニス部レギュラーはイケメンしかいない
前に友達がそう言っていたのを思い出し、ハッとなった。仁王は誰が見てもカッコいいかなりのイケメン。初対面の時、私に投げつけてきたのはテニスボールだった。
『コート上の詐欺師と呼ばれる、"銀髪"の・・・・・・』
・・・まさか、
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Sub:(件名なし)
To:香奈
テニス部のレギュラーで、
コート上の詐欺師とか言わ
れてる人の名前、なに?
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"何か"に気付いた瞬間、私は仁王への返信より先に、親友である香奈にメールを送った。あの子なら私よりテニス部の事を知っているはず。急いで、"何か"が正しいのかどうか、確認したかった。
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Sub:(件名なし)
From:香奈
仁王雅治だよ。
いきなりどうしたの?
――――――――――――
・・・ビンゴ。
長々と息を吐き出して、携帯を閉じる。ちらりと香奈の方を見れば、彼女もまた不思議そうにこちらを見ていた。彼女とは同じクラスだし、別に授業が終わればいくらでも話せる。それなのに唐突にこんな事を聞いてきたから、香奈も首を傾げざるを得ないのだろう。
「・・・よし、じゃあ今日の授業はこれで終わりだ。号令頼む」
先生の声がかかって、係の人が気だるそうな声で全体に号令をかけた。そしてそれが終わるや否や、教室がザワザワとうるさくなりだす。
「芽衣、どしたの?」
香奈が近寄ってきて尋ねるが、私はすぐに反応を返せなかった。苦笑いのような、曖昧な笑みを浮かべて口をつぐむ。
なんでアイツ黙ってたんだ。自己紹介した時に笑ってた理由がわかった。
・・・あぁ、もう、
「ムカつく・・・」
「え?」
「ごめん、なんでもない」
慌てたように笑って、私は溜息をついた。まだ外は暑いけれど、今日はもう一度屋上に行く必要がある。会ってしっかり話さないと。
「もう、どうしたの?」
「なんでもないって!」
心配そうに見つめてくる香奈を他所に、私の中では仁王に対する複雑な思いがグルグルと渦巻いていた。
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