もしも翼があったなら
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花ざかりの丘を越えれば(前編)


あの丘が見えているか。あの花咲く丘を、お前は覚えているのだろうか。

ーここは、俺たちの丘だ。




出会ったときの印象は最悪。ただムカつくヤツだと思った。
でもあのスパイクを打つ姿が脳裏から離れなかったのは、初めて出会ったときからきっと、お前に惹かれていたからだと、後からわかった。


これはまだ、現実を知る前の、高校生だった俺ーー影山飛雄と、日向翔陽その男が、青臭くてバカみたいな青春を送り、まだ恋愛を勘違いしているガキだった頃の話だ。



俺たちは高校3年のIHで、準優勝を修めた。
先輩達が卒業して初めての公式戦だった。
不安だったし、下を引っ張っていかなければいけないという使命感というか、責任の重さに悩んでいた。

でもそんな時、あいつが傍に来て、茶化すように「影山くんは悩んでるんですかー?」なんて背中を叩いてくる。
2年間で、俺たちは、互いの変化とかそういうのを、よくわかるようになっていた。
多分、相棒だからっていうのもあったんだろうが、俺の中にはそれを超えた何かが燻っていたからだろう。
日向の事を常に気にするようになった。些細な変化ーストレッチを怠っているとか、ジャンプの精度とか、体調だとか、そういうのに気付くくらいには。

そして、IHの悔しさはもちろん、引退しなかった俺たちは、春高でついに優勝した。
嬉しかった。日向と、同じコートで戦って優勝できたことが。
正直、もっともっとこいつとやっていたいという気持ちが胸中を占めていた。
そしてその後、最後の自主練と称して、2人で体育館へと向かった。
そこで日向に数え切れないくらいのトスを上げて、2人で笑った。
心地よかった。いつまでもこの時が終わって欲しくないとまで思った。
そして疲れ果てた俺たちは冷たさが残るリノリウムに寝そべった。

その時、俺は日向に、

「…好きだ。影山」

…告白された。

もちろん、俺はその手を取った。
2人で帰る初めての帰り道。離れたくなくて、遠回りをした。
森を抜けて、突然開けたその道に見つけた丘は、まるで別世界に来たように思えるくらいに、花が咲き乱れていて、綺麗だった。
そこは俺たちだけの秘密の丘、になってた。そこから見下ろす町は、普段とは違って見えて、それが2人だけのものになったみたいで嬉しかった。
それから、沢山、沢山触れ合った。
少し離れるのも惜しいと思えるくらいに俺たちは求めあった。

でも、それは長くは続かなかった。
卒業。それは俺たちが思っていたより、随分高い壁だった。

俺は地元、日向は東京の大学に進んで、初めはしょっ中あっていたのだが、やはり学生。距離もあるし、金もかかる。
俺たちはゆっくりと、だが確実に、離れていった。

俺たちが社会人になる頃には、お互いが忙しくて、連絡だって殆ど取らなくなっていたし、もう自然消滅、しかけてたんだと思う。
俺も日向への当時感じていた愛情とかそういうのが、最早消えかけていた。というか、火種が残っただけで消えていたのかもしれない。
日向との思い出が薄れて、あいつの笑顔も霧がかかったみたいにもう、思い出せなくなっていた。

そんなある日。俺は珍しく仕事で失敗した。
といっても部下の尻拭いなのだが、やはり俺の目が行き届かなかったことに、完璧主義のプライドに傷が付いたように感じた。
ああ、イライラする。
普段そこまで酒は好きではないのだが、この日ばかりは、と居酒屋で1人、酒を煽っていた。

らっしゃーせーとやけに煩い店員の声が何度も響く。

「……あ、」

小さな声が聞こえて、気が立っていた俺は声の方を勢い良く振り向いた。
そこには、かつての相棒、そして、

「ひ、なた…」

恋人の姿があった。

暫く驚いたように見つめあっていたのだが、いつまでもそうしているわけにもいかず、日向をカウンターの隣に座らせた。

「……何で、お前が此処にいんだよ」

「仕事。偶々出張でこっち来てて、今プレゼン終わったから一泊だけ止まって帰ろっかなって」

そう言って笑う日向の顔を見ると、何故かこう、腹の底で燻っていた火種が、ぐわーっと燃え始めた。
当時の感情が、蘇るのを感じた。
溢れて、溢れて止まらない。

ああ俺は、まだこいつの事が好きだ、と安堵した。

「…そうか」

「…うん」

話が終わってしまう。やけに焦燥感を感じて、何か話を振ろうとするも、何も出てこない。肝心な時に働かないちっぽけな自分のコミュニケーション能力を呪った。
すると、日向が見兼ねたように口を開く。

「…あん時はさ、若かったよな、おれたち」

「…そうだな」

「楽しかったよなぁ。大地さん達が卒業するとき、もうノヤっさんと田中さん、号泣してたもんな!俺たちもだけど!
…でも、意外だった。お前がバレーしないなんて」

「肩、故障したからな。大学でやり過ぎた」

「へ、そ、そうなの?おれ、知らなかった…」

「…言わなかったからな」

沈黙。その静寂から逃れたくて、俺は、つい口に出してしまったのだ。

「あの丘、覚えてるか?」


日向は驚いたような顔をして、何故か泣きそうに顔を歪めた。

そんな姿を見ていたくなくて、俺は、
「行くぞ、ボゲ日向」

そんなことを口走っていた。


−−−−−−−−


「うおお、ここ久々だなー!」
東京、自然なんてないから!嬉しそうに俺の数歩先を駆ける日向。

「転ぶなよ」
「分かってる!ガキ扱いすんな!」

ガキだろどう見ても。そう言ったら日向は絶対怒るから、絶対言わねえけど。
変わらない相棒の姿に呆れながら思い出の丘を思い切り駆ける日向の後ろ姿を見ていた。


「…なあ、影山!」

突然、俺の名前を読んだ日向。

その奥に、月が見える。綺麗な三日月が。
日向の色の薄い髪をきらきらと輝かせている。
そのオレンジが、こちらを振り返って、笑う。

…なんだ、この違和感は。
嫌な予感がした。
そして、日向は、

    「  すきだったよ  」  

また、笑った。


自分の顔が歪むのを感じた。

「…っ俺は!
…俺はまだっ…今でも、今でも好きだ、日向ボゲェ…」

語尾が情けないほど震えて、消えていった。

しかし日向はものともせずに、その意思を曲げなかった。
決意した、あの目で月を見据えていた。

「…おれたちはもう、終わったんだよ。
だから、かげやま」


ーこの丘、越えよう?


その丘は街灯なんてなくて、頼りになる光は月明かりしかないような、そんな辺鄙な場所だった。
星空の下、花に埋れながら一本の大きな木を背にして笑う日向は、きれいだった。

あのとき、先を見るのが怖かった。それは日向と一緒に居る未来がないこと、なんとなく分かっていたからなんだって、今知ったことだが。
だから俺は、その時の俺は、なにも見たくなくて、現実から目を背けて、また、逃げたんだ。
今度こそ、現実を突きつけられたような気がして、日向をそこに取り残して、俺は。




「…さよなら、かげやま」

そう日向が呟いた言葉を、俺は、聞こえないふりをした。

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