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暗闇に沈む最後の夜(影山side)
日向と、今日で何度目の夜を一緒に過ごしただろう。
二人で空を見上げて、どこまでも広がる星をひとつふたつ、数えた。
「影山!星、見に行こう!」
だいたいそうやってお前のほうから誘ってくるのが当たり前になっていた。星なんて一人でも見られるけれど、それでも俺はお前と見れる星が一番美しいと思ったし、オレンジの瞳が俺の隣で細められるのが、何より心地よかった。
いつまでもその空間が続けばいい、とそう願うくらいには。
それなのに、なんでお前は、この空の下で、震えた声で、
「ごめんな、影山。
おれ、もうお前と空、見られない」
そんなこと言うんだ。
前兆は確か2ヶ月程前からだったか。
朝起きて日向は俺を指差して「なんかお前、歪んでね?ちゃんと軸矯正してるか?」なんて聞いてきたことがあった。
でも俺は毎日ストレッチだって入念にやっていて、一日でも怠ることはないと日向は知っているはずだった。
それでも日向が言ってきたのは、何かを感じ取っていたのか。勘だけが異様に鋭いこいつのことだから。
でもその時の俺は、ちゃんとやってんだろボゲェ、なんて返して、そのまま会話を終わらせた。
日向は納得出来ないというようにうーん、と唸っていた。
そして、一週間前、日向は突然泣き出した。
自分で制御できないらしく、人形みたいに嗚咽を上げるわけでもなく、ただ静かに、その大きな目からぽろぽろと透明な涙を流していた。
何かあったのか、と聞いても本人はわけがわからないというように首を傾げて「影山くんは心配してくれてるんですかー?」なんて茶化すように言ってきた。
それでもその目から涙は溢れていて、笑っているのに泣いている、そんな奇妙な光景がそこにあって、俺はどうしたらいいのか、わからないでいた。
それからというもの、俺と話すとき少し距離をとっているような気がする。
というか、何やら見当違いな場所に手を伸ばしたり、時折形を確かめるように俺の身体をぺたぺたと触ってくることが多くなった。
初めはとてつもない不快感を感じたが、日向が真剣な表情でしてくるため、何も言えなくなるのだ。
そして今日。日向は用事があると朝早くに家を出て、夕方ごろに帰ったとたんに俺に星を見よう、などと言ってきた。
俺は急になんだ、とは思ったが、俺もあの空間は嫌いではない。寧ろ好きだから、二つ返事で了解した。
早くはやく、といつもより急かしてくる姿をみて、俺の口角も自然と上がるのを感じた。久々だから、日向も楽しみにしているのだろうと思っていた。
何時もの定位置、山の中の、この木の前。ちょうど2人の家までの、半分くらいのところにある。
そこに腰を下ろす前、日向は少し顔を歪めた。
何か違和感を感じた。2人で空を見上げてしばらく、日向はぽつりぽつりと話し始めた。
「影山、おれなあ…
目、見えなくなるみたいなんだ」
は、と思った。
そこで感じていた違和感の正体に、やっと気がついた。
日向の本当の目的は、いつもみたいに星を見ることじゃなかったことに。
しかし俺の口をついて出たのは動揺からかなんなのか、心配とか、そう言う言葉じゃなくて、
「…なんで、言わなかった」
日向を責めるような言葉だった。
「言ったら、影山に迷惑かかるだろ」
日向は穏やかな顔でそう言う。
少しだけ笑いながら、こっちを少しも振り向かないで、空を見ていた。
お前は馬鹿か、なんで、気付いてただろ、お前なら。
聞きたいことが沢山ある。でも、全部がなんで、ばかりでそんな自分に嫌気が差した。
しかしそうでもしなければ、俺とは相対的なこいつが、離れて行ってしまうような、そんな気がしたのだ。
「っ…いつから」
「おかしいなって思ったのが2ヶ月前だったとおもう。初めは物がぼやけてただけだった。それから見ようとした物が黒くなったり、涙が勝手に出たり、最近では形もわかんなくなって」
そういって自嘲するようにへへ、と笑った。
「さすがにおかしいとおもって今日病院行ったら、おれの目、ビョーキなんだってさ。」
「もう、治んないんだって」
なんて愚か。俺は、ずっとこいつの傍にいたのに。
「バレーのコート、見れなくなるんだって。
もうすぐお前が見えなくなるんだって。」
言うな、言うな。俺は、いつまでも、こうして。
「今日は、お前と、さいごの夜空が見たくてさ。
…ごめんな、影山。
おれ、もうお前と空、見られないみたいなんだよ」
一緒にいたかった、のに。
「お前と見た空が、星が、
今でももうーー見えないんだ」
そう言って笑った日向は、学校にも来なくなり、俺の前から姿を消した。
しかし、一週間後、その行方はわかった。
どうやらあの後、日向は目がほとんど見えなくなって、家で寝込んでいたらしい。
先輩からそう連絡があって、俺は部活の後、日向の家へ向かった。
すると、日向の家には、日向の母親らしき女性と、妹の夏がいた。
夏は俺を見て、とびお、と驚いたように、でもすぐに顔を暗くして、小さな手でスカートを強く握り締めていた。
「兄ちゃん、ビョーイン行ったって言ってたのに、それなのに、兄ちゃん、ほんとは行ってなかった!
兄ちゃんが、夏にうそつくこと、いままでなかったのにいっ…」
兄ちゃんのばか、と夏は泣き出した。きっと悲しかったんだろう。嘘をつかれたこともそうだが、自分に頼ってくれなかった、ということに。
それを見て、ただ見つめるしか出来なかった俺に、日向の母は温厚そうな顔をくしゃりと歪めて話し始めた。
「あの子ね、前からずっと気付いてたのに、知るのが怖くて病院に行かなかったの、きっと。もっと早くに…私が行かせていればよかった…」
そうだ、あいつはそういうやつだった。きっと自分の事よりも他のやつと居る事を選ぶ。
でも誰よりも臆病だから、誰かに話すことも出来ず病院にも行かずにただ一人で抱え込んでしまうような、そんなやつだった。
どうやら日向は今、家にはいないらしく、昨日から病院へ入院し始めたらしい。
それを聞いて、ああ、と納得する。だから夏は泣いているのだ。
そうか、あいつは話したのか。
そこまで、悪い状態になっていたのかとどこかふわふわとしていた感覚が、はっきり暗い色を付け始めて、纏わり付いた。
後悔。俺だってそうなのだ。夏のように悲しいし、日向の母のように後悔している。
誰よりも近くにいたのに、気付いてやれなかった自分が不甲斐なくて、情けなくてどうしようもなかった。
目から涙がこぼれる。
泣くな。俺が泣いてどうする。
何が相棒だ、何が恋人だ、馬鹿野郎。
「くそっ…」
悔しくて、拳で壁を思いっきり殴った瞬間、同時にポケットが震える。
どうやらメールが届いたらしい。
誰だよこんな時に、と苛つきながらメールを見る。
差出人はーー
「ごめ?な、かげやま。きっとおれ、ぉえにひどいことした。
おまえやさしいから、きむとすっげえ公開してるとおもう。わかってたのに、こわくて、いえやくて、ごめんなさい
とまえわるくなあたから、きにしないでほんとごめん________ひなた」
それを見た瞬間全てを理解して、俺の中の何かが弾けたように、ぐわあっと気持ちがせり上がって、俺は腕で目元を思いきり拭い、今目指すべき場所へ駆け出した。
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