一歩踏み出すのは意外と大変な事であり。
ーー翔陽の頑固さは知っていたが、まさかあれ程までに強引だったなんてお兄ちゃん知らなかったよーー


「本っ気で、嫌だ…」


窓側の、一番後ろの特等席。
それがオレのポジション。

周りからは羨ましいであろうこの席で、オレは只今絶賛お悩み中である。


言うまでも無いだろうが、この日オレは、一日中憂鬱ですというオーラしか纏っておらず、机に突っ伏して過ごしていた。
別に特筆して仲の良いわけでもないクラスメイトまでお前どうした、と心配されてしまうくらいには。

少しは沈んだ気持ちの気分転換にでもなるかと、窓の外を見やる。
そこにはオレの心情とはまるで反対の綺麗な青空が広がっていて、下に目を向けると、今体育の授業なのだろうクラスの、サッカーボールを追い掛ける姿が捉えられた。


そして黒板に視線を戻す。
いつもは嫌いな6時間目の古典の授業。
普段うつらうつらと微睡んでいる筈のこの時間は、今はすっかり真逆の立場へと昇進していた。
この日ばかりは終わって欲しくないと、本気で思った。

しかし無情にも時間は待ってくれないもので、スピーカーから流れる無機質な音は、オレの事なんかどうでもいいとでも言うように、授業終了の合図を告げた。

もう一度窓を見てみる。
今度はサッカーボールを片付ける姿を見た。
名残惜しいと叫ぶ背中が、どうにも目に焼き付いた。

その時、突如として理解する。
ああ、オレの平和な帰宅部高校ライフは終わったのだ、と。
理解すると何故だろう、心が少し軽くなった。こういうのを吹っ切れた、というのだろうか。


いつも話が長い担任のホームルームは今日に限って早く終わり、まるでオレを早く体育館へ来させたいと言うみたいに。
オレはため息をついて、今日は見学だけだし。翔陽のため。と自分に言い聞かせながらがたり、と席を立った。

重い足を無理矢理持ち上げて、向かう先は久方ぶりのあの鉄の扉。
本日何度目かもわからないため息を吐いて、ちらりと目の前を見やる。

あの時は薄っぺらい紙のようにしか見えなかったというのに、今見ると無駄にデカく分厚い鉄壁に見える。

「うぅ…」

中々入れずにいるオレをあざ笑うかのように前方ーー扉一枚挟んだその奥ーーではキュッ、と絶え間無く鳴るシューズの音、ボールを弾く肌の重たい音、そして複数の掛け声。それらは規則的に、けれど熱情的な音になり、その小さな空間に溢れていた。

不本意だがほんの少しだけ、それに惹かれてしまったオレは、先程までの葛藤はどこへやら、オレの手はすんなりと取っ手に掛けられ、そして横に、引いた。


「突然すみません。1-D、日向稔です。
今日は部活の見学に来ました。」


声は、震えてなかっただろうか。


眼前の開けた景色が眩しくて、目を細めた。
何故か感じた程よい充足感が、オレを現実に引き上げる。
そして、数人の男達が、笑顔で此方を迎えているのを確認して、目を閉じた。

本日何度目かのため息を吐く。

しかしそれは今までのそれとは明らかに違っていて、口角が自然と上にいくのが、自分でもわかった。
それはこれからの期待なのか、それとも彼等に感じた安心か。
まぁどちらにしろ…


目の前にあった鉄の壁は、意外と簡単に、崩せたらしい。



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