赤い糸のほどきかた




こんがらがった、カラフルな糸の塊を、ずるずると引き摺って歩く。磨り減りながらも、その塊はさらに他の糸を巻き込んで、さらに大きくなっていく。
もはや、どの糸がどこに繋がっているのかなどということは、わからない。
最初は、わずか数本だった。指に結ばれた数本の糸は、自分の親しい人の元へと続いていた。
ついと引いたり、弛んだり。忙しなく各々好きなように動く糸たちに様々な繋がりを見出だせるような気がして、その重さが心地好かった。
新しい繋がりが生まれると、糸は増えてゆく。ある時出会った、歳の近い少年との間の『糸』も、例外ではなかった。
その青い糸は、当時の彼にとっては細すぎて切れてしまいそうだったけれども、きっといつまでも大切にしていけると思えるものだった。
幼いながらも、そう思っていた。







神宮寺レンは、己の右手を空にかざす。右手に絡まる多数の糸。
もちろん、実際に糸が絡みついているわけではない。小さい頃から感じるようになった、その繋がり。
欲しすぎたのか、はたまた管理が悪かったせいか。ぐちゃぐちゃと難解にこんがらがってしまったその糸を解く術を、レンは知らなかった。
そういえば、あの時の青い糸はどこにいってしまったのだろうか。もしかしたら、もうすでに切れてしまっているのかもしれない。掻き分けても掻き分けても、青い糸は見つからない。
あの糸は誰との繋がりだったのだろうか。あの少年は、一体誰だったのだろうか。
いっそのこと、全ての糸を断ち切って、まっさらにしてしまいたい。きっとお目当ての物も切れてしまうだろうが、それでも良いと、レンは思った。
わからいくらいなら、切れてしまえ。

「愚かだな」

りん、追憶の海の底から響くような、声。
レンを愚かだと言ったその人物は、すっきりと整理された糸の束を手に携えてやってきた。同じようにカラフルな、しかし綺麗にまとめられたそれは、レンの絡まった糸の塊とはまるで違う。
さらり、流れる糸の中から一本だけを軽く摘まんで持ち上げる。色は赤だったが、どこに繋がることもなく、途中でぷつりと切れていた。
そしておもむろにレンの手より伸びる糸の塊から、同じように一本だけを引き抜く。
覚えのある、青い糸。細く、しなやかなその糸は、先程自らが探していた糸そのものだった。
赤い糸と青い糸が、彼の手により結ばれていく。引っ張ったら簡単に解けてしまいそうな蝶々結びが完成し、それは新しい繋がりとなる。

「…切れてたのか、」
「切れていた?お前が切ったのだろう」

手を離せば、宙に浮かぶ蝶々。地に落ちることなくひらりひらりと飛ぶその蝶は、二人の間をさ迷い続ける。












「こんな時間まで惰眠を貪っているとは…良い身分だな、神宮寺」

その声に目を覚ませば、ベット脇に立つ真斗の姿が視界に入る。こんな時間、と言ったが今は何時なのだろうか。レンは体を起こすと時計を確認し、眉間に皺を寄せた。
すでに授業は全て終わっている時間で、寝坊というにも寝過ぎている。それに、変な夢を見た。
右手から伸びる糸の話。何気なく右手を見やる。夢の中ではあんなにもこんがらがり重かった糸の塊は、綺麗さっぱりなくなっている。
いや、よく見てみると、一本。とても細くて見逃してしまいそうになったが、人差し指に絡まる糸を見つけた。糸の色は青だ。
糸を目で追うと、途中で色が変わっているのがわかった。グラデーションのように青から赤へと変化し、その先には蝶々結びがある。
まず夢の中で見た糸が起きてからも存在していることに驚いたが、浸食してきている赤にも驚いた。夢で見た時は、こちら側は全て青だったはずだ。
そして、さらにその先には。

「聖川」
「…何を呆けた顔をしている」
「いや、なるほどなと思ってね」
「神宮寺、寝過ぎで頭がおかしくでもなったか」

珍しくこちらのスペースへと足を踏み入れていた真斗は、そう言い捨てて自身のスペースへと戻っていく。彼の右手に繋がる糸に、思わず目がいった。
夢の中の彼は何を思って、赤い糸を括りつけたのだろうか。

(運命の赤い糸?もしそうならとんでもないロマンチストだな…なんにせよ、奴のやりそうもないことだ)

くい、と引けば、夢と同じように蝶がひらひらりと舞う。張った糸の先で、真斗の手がぴくりと動いたような気がした。気がついている?そんなまさか。

「お前こそ珍しい。自ら俺のスペースまで入り込んで、声をかけてくるなんてな。普段ならそんなことはしない。違うか?」
「あくまでも同室だ。自分の部屋で死人が出るなどというのはさすがに放ってはおけんと思ったまで…それが例え神宮寺、貴様であってもな」
「はっ、相変わらずおキツいね」

いつも通り、何も違わない。吐かれる辛辣な言葉も、何もかも。結ばれた糸と浸食する赤が、イレギュラーな存在感を放つ。
揺れる蝶々の結び目を解く術を、レンは知らなかった。










あれから数日、未だにレンと真斗の間に垂れる糸は存在し続けている。夢の中から抜け出せていないのかという錯覚すら覚えるくらいだ。
煩わしいとは思わない。だが、どうしたらこの糸とさようならできるのか、レンはずっと考えていた。
手から外そうにも外れず、結び目を解こうにも結び目はレンの手をするりとかわしてしまう。ならば切ってしまえとは思うものの、鋏を持ってそこで終わってしまう。切れるのか切れないのかもわからないまま、糸はだらんと垂れている。

「なあ、聖川」

自らのスペースで静かに書き物をしていた真斗に、それとなく糸のことを聞こうとする。どう聞いたものかと思案しているうちに顔を上げていた真斗の眉間に皺が寄ったのが見えた。
もはや青かった糸は完全に赤く染まっている。何度確認しても真斗の右手へと繋がるそれは、やはり『赤い糸』なのだろうか。

「赤い糸の解き方って、知ってるか」
「…赤い、糸?」
「いくらほどこうとしてもほどけない、赤い糸だ。まったく、なんの因縁があるんだかな」
「それは本当に『ほどけない』のか」

筆を置いた真斗が、ゆっくりと立ち上がりこちらへと近づいてくる。部屋の中心、ちぐはぐな内装の境界線。そのぎりぎりのところに立ち、こちら側へは入ってこない。
何が言いたいのかわからない、といった表情でその一連の動きを目で追っていたレンは、真斗の言った『ほどけない』の意味を理解しかねていた。
確かにレンはほどけないと言った。それは間違いではないし、ほどけないというのも事実である。なぜ、真斗はわざわざ『ほどけない』のかと聞いてきたのだろうか。ほどけないものは、ほどけない。ただそれだけだというのに。

「目を逸らしているだけなのだろう?ほどけないのではなく、ほどかないのだろう?その手は解き方を知っているはずだ。糸の端を摘まみ、引けばいい。だが神宮寺、貴様はそれをしようとしない。何故だ?それは、ほどきたくないから…違うか?」
「…ほどきたくない、だって?」
「ああ、そうだ。お前はその糸を解くという行為から逃げている。自分が関係を断ちたいのなら、すぐにでも解けるだろう。赤い糸のほどきかたも何もない。ほどきたいのなら、この糸をほどいてみろ、神宮寺」

左手で、見えていないだろうと思っていた赤い糸を掴む。真斗にも、この糸は見えていたのか。ならば夢で見たあの行動も、真斗は知っているのだろうか。
レンの青い糸に、赤い糸を結んだ真斗。その真意も、今こうやって夢で見た糸を共有している意味も、わからない。
ただ一つわかるのは、真斗は糸が解かれることを望んではいないであろうということだけだ。
何かを訴えるように、伝えようとするかのように、叫びを上げる。その叫びの主は、二人の内のどちらだったのだろうか。

「逃げるな、神宮寺。一度は切れてしまったこの糸から。俺とお前の関係から。お前が心の奥に抱える、糸を『ほどかない』理由から」



「…聖川。それでも俺は、その糸を『ほどけない』のさ」




(赤い糸の、ほどきかた)



***
電波風味にマサレン書かせていただきました。
レンは最後の一歩が踏み出せない人間で、前に進むにも後ろに進むにも中途半端に止まっていて、いつの間にかどちらにも進めなくなっていそうだな、というイメージです。
真斗は手を貸したいけれど、レン自身の力でこちら側へ来てほしいと思っている。だからあくまで回りくどく助言して気づかせる…みたいな。
技量不足でかなりわかりづらいですが、右脳で読んで感じていただければ幸いです。
楽しく書かせていただきました、ありがとうございました!



201016






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