後悔ならば置いてきた
後悔ならば置いてきた
「ん……?この曲は……」
ふいに流れてきた曲に、俺は顔を上げた。
ビルの大型ビジョン映し出されているのは、一人のアイドル。
華やかな容姿に、流れるように美しい動き。
そして何よりも、聴く者全てを魅了してやまない歌声。
画面の向こうには、今や人気アイドルとなった男の姿があった。
「レン……」
思わず名前を口にしてから、俺は思わず笑ってしまう。
「随分と勝手だな、俺も…………」
俺の方から手放したというのに。
今でも鮮明に思い出せる。あの雪の日に交わした別れを。
俺が別れを告げた時の、その表情も――――
(真斗……?お前、今……何て言った?)
(互いに好きあっていて も、俺達は決して幸せにはなれない。
共に生きていくことは許されない。お前だって解っているだろう)
俺がそう告げると、レンは一瞬呆然とした後すぐに笑った。――泣きそうな、表情で。
(そうだな……オレ達はもう、アイドルになる。万が一にもこんな関係がバレたらマズイ。
それに……お前には、婚約者だっているんだしな。
確かにオレなんかといつまでも、こんな事してていい筈がないな)
そう話すレンの声は、微かに震えていた。
その声が、レンの気持ちを確かに俺に伝えていた。
――「離れたくない」――と。
だが、俺はそのことに気付かないフリをした。
それがお互いの為だと信じていたからだ。
……どうか解って欲しい。辛いのは初めだけだ。お 前はもう、自由に生きることが出来るのだろう?
俺とは違うんだ。俺はまだ、自由にはなりきれない。俺にはまだ、捨てられないものが多すぎる。
(さよならだ、神宮寺)
雪の降るあの日。
俺とレンはお互いの手を離した―――
―――そして今。
レンは順調にアイドルとしての道を歩んでいる。
俺も、つい一年ほど前まではアイドルとしてステージに立っていたが、
今はすでにアイドルを引退して、正式に財閥を継ぐために父の元で働いている。
アイドルとして活動している間は、レンと顔を合わすことも多かった。
最初のうちはそれを辛く感じたものだったが、それでも顔を見れば嬉しいと思った。
一緒にステージに立つことが、とても楽しかった。
もっとも、レンがどう感じていたかは分からない。
俺達はあくまで仕事上での付き合いしかしていなかったから。
プライベートな話題は一切しないようにしていた。
すればきっと、塞がりかけた傷を抉るようなことにしかならない。お互い、それが解っていた。
今では直接顔を合わすこともない。芸能界という接点すら、今の俺達にはないのだから。
これで良かった。
――そう思うことができれば、この胸の痛みも少しはマシだったのかもしれない。
月日が経てば色あせると思っていたこの“想い”は、今も鮮やかなまま俺の胸にある。
だが、それでも良い。最近ではそう思えるようになった。この想いを無理に消す必要などない、と。
僅かな胸の痛みすら、俺にとっては幸 福だった日々の証なのだから。
例え共に歩む未来はなくとも、この想いを抱いて生きてゆこう……と。
だからこそ、俺は――――
「……?」
ふと、視線を感じて辺りを見回す。
「あれは……?」
一瞬、ビルとビルの間に消える人影が目に入った。
それは、俺が今まさに頭の中で思い描いていた人物と酷く似ていた。
「まさか、ありえない」そう思いながらも、自然と足がそちらへ向かう。
俺がそこへ辿り着くと、一人の男がこちらに背を向けて立っていた。
肩までかかる髪と、均整のとれた身体。
(あぁ、やはり間違いない)
そう思ったと同時に、その男――レンが振り向いた。
「久しぶりだな、聖川真斗」
「神宮寺……お前、何故こんなところに……」
「何故って言われてもね。オレだってたまには街を歩くさ」
俺の問いに、レンはやれやれと肩をすくめる。
「あぁ、そうだな。では質問を変えよう。お前、俺に何か用なのか?」
「……どうしてそう思うんだい?」
「そうでなければ、あのように俺を見たりはしないだろう。
それに、こんなところにわざわざ俺を来させる意味がない」
「別に、オレはお前を呼んだ覚えはないけどね」
「では何故、お前はここで待っていたんだ?」
俺がそう問いかけると、レンの表情が僅かに強ばった。俺は構わずに言葉を続ける。
「声をかける前から、お前はここに来たのが俺だと分かっていた。俺を待っていたんだろう?違うのか?」
「は……自意識過剰なやつだな」
「神宮寺」
やや声を強め て呼ぶと、レンは何故か苦しそうに顔を歪めた。
「……お前、もうすぐ正式に婚約発表するんだってな」
しばらくしてようやく吐き出された言葉に俺は「あぁ……その話か」と頷いた。
レンの言う通り、俺には婚約者がいた。
正式に財閥を継ぐ日が近づいてきた為に、そちらの方も発表すると言う話が出たが……
そうか、もうレンの耳にも入っていたのか。だが、あれは――
「神宮寺、その話は」
「よかったじゃないか、聖川」
俺の言葉を遮って、レンが笑う。
その笑顔は、あの雪の日を思い出させるものだった。
「婚約発表のパーティー、オレも出来れば出席してやりたいところだけど、
もしも仕事が入って行けなかったら悪いね。先に謝っておくよ」
「待て、神宮 寺」
俺の声など聞こえていないかのように、レンは話を続ける。
「これでお前は、立派に家を継ぐってわけだな。おめでとう。…………言いたかったのはそれだけだ」
「おい」
「さて、そろそろ行こうかな。知ってるだろうけど、オレは忙しいんだ。
行けるかどうかは分からないけれど、招待状はくれよ?」
それじゃあ、と背を向けようとしたレンの腕をとっさに掴んだ。
「っ……何だよ、聖川」
「待てと言っているだろうが。少しは俺の話を聞け、神宮寺」
「……俺にする話なんて、別にないだろ」
レンは腕を振り解こうとするが、俺は更に力を入れる。
「俺にはある。まず、招待状は送れそうにない」
そう言うと、レンは抵抗を止めて俺を見た。
「は?どういう…… 」
「婚約は無効になったからな。送ろうにも送れん」
「はぁ!?な、なんで……」
「相手方に、他に好きな男がいたようでな。今回のことは無かったことにして欲しいと……」
これは本当の話だ。相手の女性には、どうやら他に好きな男がいたらしい。
家の為にと一度は縁談を受け入れたものの、やはり想いを捨て切れなかったそうだ。
「でも、それでよくお前の父親が納得したな……」
「いや、俺からも頼んだからな。婚約は、なかったことにして欲しいと。それと……俺は今後一切、婚約はしないと」
俺の言葉に、今度こそレンは言葉を失くした。
「家の為とは言え、愛することが出来ないと分かっている女性と結婚する事は出来ない。それでは、相手の女性が不幸だろう」
「 ま、待てよ。でも、だからってお前……今後、婚約しないって、なんで」
「だから、愛することが出来ないと分かっているからだと」
「だから何で!そんなこと断言できるんだ。もしかしたらこれから先……」
愛する人が、出来るかもしれないのに。震える声で、レンはそう言った。
俺の隣に、自分の知らない特別な誰かがいる未来を想像したのだろう。
だが、そんな未来はこない。
「俺が愛するのは、過去も未来もただ一人だと気付いたからだ」
掴んでいた腕を離し、そっとレンの手を取る。
「例えもう二度と交わらぬ運命だとしても、それでもこの想いと生きてゆこうと決めた」
そう言って真っ直ぐにレンを見た。
レンは、しばらく俺の言葉の意味を必死で理解しよ うとしているようだった。
「は……?え、お前それ……つまり……」
「俺はお前しか愛せない」
きっぱりとそう告げると、レンの瞳が大きく見開かれた。だがすぐに俯くと、俺の手を払う。
「なん、だよそれ……」
聞こえてきた声は、今にも泣き出しそうな音をしていた。
「神宮寺?」
「オレがどんな想いで、今まで過ごしてきたか……
あの日から、お前を諦めようと、どれだけ必死で……っ!!」
そこまで言ったところで、レンが勢いよく顔を上げた。
胸倉を掴まれて、ビルの壁に押さえつけられる。だが、俺はあえて抵抗はしなかった。
「お前が正式に婚約するって聞いて、ようやくほっとしたのに!!!
これでやっと、お前を諦められると思った!!なのに… …お前から終わらせたくせに、今更っ!!」
愛しているだなんて。
レンの瞳から涙が零れた瞬間、俺は目の前の身体を抱きしめた。
「すまない……。本当ならば、こうして伝えるつもりもなかった。
俺はただ、お前を想って生きるだけで良いと思っていた。だが…………」
お前が、あの日と同じように笑うから。
「お前の顔を見たら、そんな考えも吹き飛んでしまった。俺はお前と共に生きたい。
身勝手なことを言っているのは解っている。だが……お前も俺と同じ気持ちならば」
――どうか俺と共に、生きて欲しい。
そう言うと、レンの身体がびくりと揺れた。だが、俺の身体を押し戻そうとはしない。
「……今でもオレが、好きだって……?」
「ああ」
頷くと、レンの腕が俺の背に回る。
「頭おかしいんじゃないのか、お前。…………後悔してもしらないからな」
「後悔か。そんなものは、お前を一度手放したあの日に置いてきた」
「お前馬鹿だ よ」
「ああ、そうだな」
「本当に馬鹿だ。馬鹿としか言いようがない」
「ああ」
ゆっくりと頭を撫でてやると、回された腕に力が込められた。
「…………好きだ」
ぽつりと小さな声で、だがはっきりと紡がれた言葉が俺の心に沁みこんだ。
「あぁ」
身体から伝わるのは、温かく愛しい体温。
どうしてあの時、この温もりを手放せると思ったのだろう。
(最初から、手放せるわけがなかったのに)
「俺もお前を愛している、レン」
――もう二度と、この手を離さない
+++++
これ書きながら、聖川ェってなってた陽菜です。
聖川はきっと、なんだかんだで財閥継いで結婚してそうだなと思いつつも。
レンには幸せになって欲しいので、こうなりました。
レンの為に、婚約くらい簡単に解消してあげてよ聖川……!
素敵な企画に参加させていただき、ありがとうございました!
レン受けうまうまです!!
2011.10.3 陽菜