どうしてこんなこと、私が甘んじて受けなければいけないのか。
それもこれも、身体が身に覚えのない反応をしたからだ。
いいやそれ以前の話、ハロウィンなんてものを柄にもなく持ち出したトラのせい。
普段はイベントだとか、行事だとか、気にも留めないくせに。私が油断しているこんな時ばかり。
ずるいったらありゃしないのだが、それでノッてあげてしまう私は。
これはもう、病気だ。そう結論付けて、根も葉もない疑惑のためにされるがままを甘受してみせる。
何よ、これくらい。
これはもう意地だ。
「ずいぶんおとなしくなってきたんじゃねーの?」
「……っ」
「声ださねぇと、逆に出させてやろうって気になんだけど」
なあ、我慢するなよ、撫子。
そう言って笑ってみせるトラは、何を隠そうお怒りだった。
発端は、イタズラと称して私の足を舐めたこと。
そこで私がぴくりと反応してしまった恥ずかしさを隠すために、思ったことを素直に口に出してしまったことだ。
『足、前にも舐めなかった?』
デジャブ、だろうか。
頭を撫でられたときに感じるあの切ない気持ちが、私の足に唇を這わせたまま上目使いをしたトラを見たことによってどうしようもなく沸き起こったのだ。これをデジャブと言わずして、なんと表現すれば適当なのか、見当たらない。
それを聞いたトラが何を思ったのか、緩慢だった動きがそれを皮切りに一変した。
親指と人差し指の間の谷間をれろりと舐め上げて、爪の隙間にキスをする。
お風呂上りとはいえ、床に触れることが役割の足になんてことを、という考えはトラには通用しない。
たまに思う。私と彼は、まったくの違う生物で、思想とか、力とかじゃなく、食べるものから異なっているんじゃないか、と。
たとえば、
「痛っ、」
人間でも、私でも、トラは食べてしまえるのじゃないか、という話。
指が食まれる。がぶり。がぶり。
このまま出血しても不思議でない痛み。
でもしないのは、トラが加減しているからに他ならない。
それがなければ、噛み千切られる。
妄想だとは思う。
九割妄想だろう、が。しかし。
もしトラが私を食べたとしてもおかしくないと想像している自分がいるから怖ろしい。
痛くした後には、ぺろりと忠犬のように舐めるのだ。
――忠犬? 馬鹿馬鹿しい。それではトラは獰猛すぎる。
私の足がてらてらと唾液で光る。
痛いような、くすぐったいような、言い知れぬ感覚とともに。
「なあ、撫子……」
「……なによ」
「誰に舐められたんだって? 思い出しただろ、そろそろ」
ちろり、今度はヘビの動き。
思い出すわけがない。そんなに鋭い眼光、トラしか知らない。トラのビジョンしかない。
だいたい、もしあったところで――身に覚えがないのだから、ないのだけれど――とっくに上書きされている。それくらいのことを彼はしている。這って、含んで、噛んで。
――ああそうか、なるほどね。すべてわかってやっているわけ、ねぇ。
「トラに決まっているでしょ」
夢でも見たのかしら。
ぽつりと言ったのが気に入ったのか、ヘンタイ、とにんまり笑うトラのほうがよっぽど変態だった。
だって、いたずら、でしょう?
そのしてやったり顔で私を覗き込むのも、脚を支える手の感触も、舌の動きも、
気のせい。思い込み。ただのイタズラ。
「片足から食べていい?」
そう聞かれようが、舌の先が足首に、ふくらはぎにと上昇してこようが、全部ぜんぶ。
「お嬢、好きだぜ」
ふざけた呼び方も、いたずらだと言って、後でまとめて笑い飛ばしてちょうだいね。
(120307 初出111114)