朝ごはんのお雑煮が食べ終わって後片付けも済んだ時間帯だ。

「あけましておめでとうございます」

 鳴ったチャイムにドアを開けた撫子は、コートを着込んで玄関先に立っていたその人に目をぱちぱちさせた。
 年明け早々、これはどういったことだろう。

「……あけまして、おめでとうございます」

 いささか遅れて挨拶を返せば、神賀先生のマフラーから覗く口元が綻んだように見えた。



 撫子が通う学園に、家庭訪問などという学級担任が受け持つ児童の家を転々と渡り歩く行事はない。忙しい家庭が大半なことから、長いスパンで予定を組んだ三者面談があるだけだ。
 よって担任の先生が家に訪ねてくるなんてことも初めてなわけで、珍しいわけで。

「今日はお年玉を持ってきました」
「……はあ」

 訝しげに見上げる撫子に応えたのかただ単純に要点を提示したのか定かではないが、にっこり笑う先生はいたって二学期最終日のそれと変わらず、どこかマイペースだ。

「お年玉って親戚間だけのやり取りだと思っていました。先生はクラス全員の家をまわっているんですか?」

 例えば、お向かいの理一郎のところとか。撫子がまだ行ったことのない鷹斗の自宅とか。
 これくらいの基本的な質問でもされるとは考えていなかったのか、神賀先生はひとたび「え?」といった顔をしてから、ああそういうことかと頷いて、どちらともとれる仕種で微笑んだ。
 その曖昧さに撫子は首を傾げるが、大人とはそんなものだろうと思い直す。そして早く大人になりたいという常日頃の思いから、敢えて見逃すべきだろうと追及を避けた。

「お金ではないので大丈夫ですよ」

 言って、取り出したのは見覚えがある(どころか愛着さえある)マスコットだ。

「レイン!!」
「はいはーい。お久しぶりですねぇ、撫子さん」

 まさかの再会に叫べば家の奥まで聞こえたようで、お母様がどうしたのかと顔を出した。神賀先生が挨拶とともに「お構い無く」と言うものの、お茶くらいどうぞと上がることを促す。

「いえ、本当に玄関で大丈夫です。病気や怪我が他のクラスで流行っているようで、うちのクラスの生徒が心配になってまわっているところでして……」

 先生が淡々と話す中に私には言っていない部分がいくつもあって。なんだそんなことか、と。撫子は遅ればせながらひとり納得しようとした。





 神賀先生が去っていって、撫子はそれでもやっぱり疑問がいくつもあることには鵜呑みにできなかった。
 お母様と先生が話し出さなければ聞きたいと思った事柄だ。

 レインは確かにあの日、仲間たちとタイムカプセルに入れて埋めた。その場面に先生がいなかったため、後でレインはどうしたのか聞かれてから貰いものを入れてはまずかったのかもしれないと思い立ち、咄嗟に無くしてしまったと口走ってしまったのだ。
 だから、先生はレインがある場所を知らないはず。そもそも撫子たちが埋めたカプセルを勝手に掘り起こすなんて――

「ねえ、レイン」
「……なんですかー?」
「あなた、最近大量生産が始まったの? それとも先生がもうひとつ持っていてそれを私に……?」
「すいませーん。ボク、ぬいぐるみなんでそういったことはちょっと」
「……そうよね」

 どういった経緯にしろ、時々思い出しては寂しくなっていた相手だ。――マスコットに対して寂しいと感じてしまうのは子どもっぽいと思いつつ、誰にも言えないことでも気にせず告白できる存在というのは失ってから惜しくなったのだ。
 この新品独特の手触りからいって、撫子が以前持っていたものとは別物なのだろう。もしかしたら神賀先生がわざわざ用意してくれたものかもしれないが、ありがたく貰っておきたい。
 後でもう一度ちゃんとお礼を言っておこう。
 ぎゅっとウサギを抱き締める。

「またよろしくね」
「ええ、こちらこそ」

 今度は手放さないでくださいね、なんて。
 まるで同期してあるようなことを言われたって、神賀先生はそんな設定までしてくれたのねと子どもらしく素直に感謝する心に覆われて、撫子には伝わらない。


「今度は最期までいっしょですよ、撫子さん」

 人形がぽつんと呟く頃、彼女は初夢遊泳の最中だ。

「ああ、キング。彼女なら気づいていませんよ。同期は八割方やり直しですが」

 聡いとはいえ小学生ですからね、と言い残して、静かに通信が途切れる音がした。

(120115)
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -