意識が朦朧とする。檻の中に入れられて何日が経ったのだろう。
 オリオンの声がするけれど、内容は謝罪を連ねただけの苦しいものだ。私はもう、とっくに耳を塞いだ。ごめんねオリオン。あなたを縛ってしまってごめんなさい。謝りたいのは私のほう。オリオンは助言をしただけ。選択肢はいつでも私にあった。だから悪いのは私。自業自得。
「……今日は、食べる?」
 すっかり狂ってしまった様子のトーマが、鉄格子に手を充てて座った。顔がこちらを窺う。まばたきもせずに、私だけをじっと見る瞳は据わっていた。
 そんな悲しそうな目をしないでほしい。まるであなたの苦悩さえも私の咎みたいで、だれも責められなくなる。悪いのは私、わるいのは、私。
 どうしてこんな生活が始まってしまったのかさえ記憶の彼方だ。元凶はなんだったか。外ではとても怖い思いを何度も味わった気がする。それに比べてここなら、確かに彼の言うとおり身の危険は感じなかった。
「……いら…ない」
「……そう。わかった。ならこっちね」
 私が初めて食事を拒んだ日から檻の隣が定位置になった木箱。そこからトーマが取り出したのは一本の注射器だ。私専用の栄養素液のボトルがセットされ、先端からピュっと濁水を少しだけ出す。
「手、出して」
 トーマは檻に上半身を入れて、ゆるゆると差し出した私の手を掴む。すでに紅く斑点模様が出来上がっている肌の白い部分に、ツプっと針が入り込んで、私は痛みに少しだけ声をあげた。また跡が増える。
「血色がよくないね。……さすがに血は手に入れられないし、おまえは食事しないし……ああ、何よりおまえの中に他人の血が流れるっていうの、俺が許せないかも。……そうだ、こうすればいいよ」
 私から抜き取った針をトーマは躊躇なく自分の腕に突き立てた。深く、深く。中身は空だ。空気も入っていない。押し出されたままの注射器。
 トーマが注射器の後ろぐっと引く。透明なボトルの中に、赤黒い液体がたぷんたぷんと供給されて、揺れた。血だ。トーマの血が、注射器の中いっぱいに入っている。
「血液型も問題ないよな? …その顔、心配してるのか」
 針を腕から抜いたトーマは痛いとも言わず、再び私にそれを向ける。それをどうするつもりかなんて、考えるまでもなかった。
「なるべく動脈血をと思ったんだけど、…これはどっちだろうな」
「…トー…マ、血が…」
「うん。今あげるから、待っててね」
 違うよそうじゃない。あなたの腕に伝っている赤に気がつかないの? 痛くないわけがないのに。
 私の腕にまた、銀色の針が刺さる。
 鉄分の匂いがする。
 それは甘くて、いつか呑まされた錠剤に似ていた。
「大丈夫だから、安心しなさい。…おまえは俺が守るよ」
 ゆっくり注がれながら優しく撫でられて、気持ちよくって、痛みなんて遠くのだれかの出来事だ。
 意識の深いところでオリオンが叫ぶ。ああ、もう耳を塞がなくても何を言っているのかわからなくなってしまった。赤い液体が小さなあのこの顔を塗り潰す。私の中の存在が、真っ赤な海に溺れていくのをただじっと見ていた。

 バイバイ――。呼んだ名前が自分のそれだったことなんて、溺れ沈んだ頭ではわからなかったのだけれど。





呑み下すけつえき



(110829)
title by:)夜風にまたがるニルバーナ
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