月子がついたため息がどんなに小さなそれだって、錫也は見逃さない。
 見逃せない。なにせそういう性なのだ。
 月子限定だけれど。

「どうした?」

 名残惜しげに眺めていた携帯電話を閉じた月子に問い掛ける。

「羊くんから」
「羊?なんだって?」
「こっちに来る予定がダメになっちゃったって」
「……そう」
 俺はその予定さえ知らなかったんだけどね。
 引っ掛かったところはのどで濾過されて、口から出る頃には「残念だな」なんてまったく別モノになっていた。
 月子は錫也の内部など我知らず。
 僻むようなことじゃない。
 俺と哉太だって月子を交えず話すこともあるし、羊とも然り。月子は今こうして話してくれているのだから。
 錫也には錫也、月子には月子の世界がある。当然だ。
 重なる箇所と個々の領域。
 ○○は含まれるが○○は除くとか、集合だ。
 4つの円は互い互いに重なり合っていてもそれぞれがイビツで、複雑に接している。

「ね。“だから二人で楽しんで”だって」
「二人?三人じゃなくて?」
「哉太には断られたじゃない。しつこく聞いた甲斐なく」
「あ…そっか」

 今の「そっか」は哉太が断った過去のことに対しての「そっか」じゃない。
 月子と羊が何を話していたのか、そこからの一連の流れを受けた、根本的な「そっか」だ。

(俺の誕生日か…)

 錫也の誕生日は平日だから、今年は休日を待って少し遠出をしようという話になっていた。
 高校生の時に四人で行った場所で星を見、そこに一泊。

 みんなで行きたいねと相変わらず幼なじみ単位の月子に、大学を訪れていた哉太が呆れたのだ。
 おまえさぁ、といった具合に。
『いい加減二人で行け』
『いい加減って…』
『錫也だっておまえと二人がいいに決まってるだろ』


『なら羊くんと三人で』

 そしてその羊までが外れたわけだ。
 残した言葉からすれば、予定が建前かどうかは別にして考えたことは哉太と同じだろう。

『邪魔したくない』

(邪魔だとは思わないけど)

 四人で居たいのは月子だけじゃない。錫也だってそうだ。きっと哉太と羊だって。
 月子に想いを伝えるかどうかを最後まで苦しませたコレはなお健在なわけだ。

『錫也だっておまえと二人がいいに決まってるだろ』

 あの言葉を言われたのが俺じゃなくてよかったと、矛先が月子だったことにひどく安心した俺がいた。
 もし『なあ、錫也?』とふられたら、俺は何も言えない。うんともすんとも。

 二人きりがイヤかと聞かれればそんなことはない。寧ろ嬉しい。
 月子を独占できる。

 二人きりがいいか、と聞かれるのが問題だ。
 月子と二人でいる時間は幸せだが、四人でいられる時間も大切で代えがたい。なくしたくない。

 はっきり出来ず言葉に詰まる自分が容易に想像できた。
 中途半端、なのか。
 壊したくない気持ちと壊してみたい気持ちが真っ正面からぶつかり合い。停滞している。ちょうどこの季節と同じだ。

「二人だけど、いいかな?」
 曇り空を見上げぼうっとし始めたところに月子の声。
 話は途中だ。

「いい、ていうのは?」
「二人きりだけど」
「俺はイヤじゃないよ」

 ぼそぼそと話す月子の指が落ち着きない仕草や紅くなった頬が可愛らしいと錫也は思った。
 こうも「恥ずかしい」を全面に出されると、幾度となく実感が襲ってきてしまう。

 あの頃とは違う。

 感じたそれは錫也にとって、際限なく幸せ寄りだった。

「錫也の誕生日だよ…?」
 たくさんの人に祝ってもらいたいでしょう?瞳が語る。

 それを見て、ああなんだそうかと。いくらリモコンで操作してもつかなかった部屋の電気が、パチンと誰かが押した主電源で一気に明るくなったような感覚がした。
 誰かとは、誰かだ。
 目の前の、このこ。
 それからこのこの誘いを蹴って(言い方悪いけど)、ここまで連れてきてくれたあいつら。

「二人きりじゃイヤ?」
 気づいてしまえばこちらのもの。簡単だ。
 楽にいける、とまではいかないが、気づけただけ良としたい。
 逆に聞き返せば、月子はすぐに頭を振った。横にだ。

「嬉しいよ」
「俺も。二人でいきたいな」



曖昧に正確に
セカイは補正構築されてゆく



 言葉にするとして、これをどう言えばより伝わるのか。
 錫也は月子が大好きで、
 月子は錫也が大好きで、
 二人は二人が大好きで、
 二人は二人が大好きで、
 四人は三人が大好き。

 錫也と月子にしても四人にしても、そこは別の位置ではなくひとつの囲いの中で、その囲いはさらに大きな囲いの中に存在している。
 ただそれぞれがイビツだからと個別視せずに、枠を考えてみる。
 繋がりはヤワじゃない。
 ずっとわかっていて、ずっと本質に気づけなかった。

 四人でいたい。
 それより近くに月子と密接でいたい。


「哉太と羊くんにはお土産買おうね。お揃いのものがいいなぁ」
「あの二人は食べ物の方が喜ぶよ」
「ふふっ、そうかも」


 数日遅れの誕生日プレゼントに、お返しするようにお土産のお菓子を送り返したのは旅行後のお話。


(110701)
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