初対面での第一声は、自分でもよく覚えている。「憧れてます」。とてもミーハーらしく分かりやすい言葉だ。

 僕にとって嘘ではなかった。ただ、それを周囲で聞いていた関係者たちは一見して微笑ましそうに、咎めるように苦笑いを浮かべた。
 気にくわなかった。誰に何を想おうと、それを口や行動に出そうと、身内メディアの場ではまだ僕の勝手なはずだ。

 それでも彼女だけは僕が憧れたものより少し照れた笑顔で、「ありがとう」と握手を交わしてくれたのだ。


 異性とか関係なく、僕は彼女のような人間になりたかったのだと思う。
 本番直前まで台本を握り眉をしかめていようと、合図を受ければ空気が変わる彼女。ふんわり、カラリ、しっとり、キャラクターで笑い方の印象を変え、その四角い枠の中で別人として生きてみせる。
 魅せるものは彼女の武器、笑顔だ。何がすごいって、自然なところ。余分な力が入っていない。

 しかし裏世間の彼女への風当たりは強かった。「笑うことしか脳のない使い勝手の悪い女優」といったアンチ文がインターネット上に点在し、好き勝手に嘲っている。「泣き下手の監督泣かせ」だとか。まあ反論の余地はない。事実そういった噂は業界にいれば簡単に耳に届いたし、この目でも見た。泣かせ、ではなく愕然だとだけ反論しておこう。
 とはいえ馬鹿にするなら見なければいいのに、と僕は思う。穢い文章で彼女を貶めるな、と。

 でも罵倒の文章の中にも羨望が入り交じっていることを知った。そうだ、羨ましいのだ。あんなふうに笑える彼女が。
 女は好きな人の前で彼女みたいに笑いたいと言う。男はその逆だが、同時に彼女を届かない高嶺の花と語る。

「土萌くん、私と同い年なんだよね?」
「Qui!よく知ってますね」
「いいよ、堅苦しくしないで。友だちになりたいの」

 彼女と僕は芸歴に差はあれど同い年だ。
 彼女――夜久月子には友人と呼べる人間がいなかった。
 それは僕も同じだ。軽い潔癖症。珍しい容姿に寄ってくるやつらは大勢いたが、そいつらは僕にとって敵でしかなかった。見た目だけで判断し、中身が予想と違うと知ってはやがて去っていった。
 しかし彼女は僕とは違うのだ。愛らしい顔立ちに先述のとおり人当たりの良い笑顔を振り撒く。良く言えばの話。

 悪く言うなら、八方美人。
 僕と真逆な理由だ。

「……わかった。そうだね」
「ありがとう」
「お礼なんていいよ。なんだか変だ」
「あはは。そうかも。仲良くしてね、土萌くん」

 僕は彼女に憧れている。
 彼女は僕と対極だ。

 僕は彼女が、嫌いだった。

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