BADend〜




 背中に回された手はきっと赤に染まってる。彼の髪よりずっと厄介で濁った、純粋でやさしい赤いろに。
 ぼたぼたと落とした涙は乾燥した空気にすっかり水分を奪われ、冷たい痛みを伴って私のほほに住み着いていた。
 涙の痕もおざなりの睫毛も彼の癖毛がくすぐる。痛い。愛撫が愛しくて、痛い。

 彼は私を抱きすくめたまま眠りに落ちていた。明かりの無い部屋。障子が閉められたのはどれくらい前だったか。あの残響がミシミシと私を皹だらけにして苛む。
 最後に見た顔はひどく歪んで、収めきれない殺気を色濃く残して、代わりにぽっかり空洞化した奥深くで泣いているようだった。寝息も立てずに深いところで眠っていても、私を捕まえた力が緩むことはないのだ。

 部屋の隅に転がる小さな黒に手を伸ばす。今の私にはアレが必要だった。泣きつかれて拘束されて何もできないけれど、せめてアレが欲しい。
 手に取った眼帯は、ざらりと少し砂の感触がした。血の匂い。それと、混ざる懐かしい匂い。

「……ト、ラ」

 大人相手にも喧嘩したのだろうか。それとも一方的だったの?いつか見たナイフが思い出されて、背筋が痺れた。私の髪を労りながら慈しみながら裁った刃物。それで彼の、皮を、血管を断ったのか。
 殴られたの?蹴られたの?刺された?斬りつけられた?真っ赤な想像が止まない。変な大人が喧嘩を売ってきた、小学生の彼にはその程度の認識だったのかもしれない。
 あの一ヶ月の間、何だかんだ言いつつもよく私と一緒に帰ってくれたトラなら、停滞した時間も動けたはず。まわりの状況とか、様子がおかしいとか関係なかったのだろう。ひとつのことだけしか見えなくなっちゃうものね。

 もうぎゅうぎゅう絞っても出ないと思っていた涙が、呆気なくもほろほろ湧いた。

「トラ、トラ…」

 夜の学校に忍び込んで、用具入れに隠れたこと。嫌な顔しつつも私を手伝ってくれたこと。休日誘ってくれた自宅で、初めてのテレビゲームをしたこと。嫌いじゃないと言ってくれたこと。
 全部ぜんぶ、私とトラしか知らないことだったのに。今、その時間を知っているのは私だけなんだわ。

「おじょ…う」
「っ、」

 ああ、この人もそうだ。笑ったと思えば次には恐ろしい瞳で私を睨む。私の髪を撫でた手で誰かを傷付ける。ひとつひとつに過敏に反応しすぎるのだ。可哀想なほどにまっすぐな人。
 ――本当に、トラはトラなのね。

「なんでもないの」
「…そうか?」

 片側にだけかかる前髪の脇から、金がちらついた。向こうではそれが彼のすべてだと思っていたもの。ぎらりと、敢えてまわりに危険を知らせるように輝く眼球。左目と色違いの宝石。
 トラがトラであることを示す代物。

 トラが欲しい。
 トラが欲しい。
 トラが、私のものになればいいのに。

 腕を弛めて、こちらを覗き込む彼の瞼に口付けた。そっと嘗める。薄い瞼の下に潜む禁忌の黄金を思って。
 塩と錆びた鉄の味がした。

 ゆるゆる抜け出した両腕を彼の頭に回す。黒の眼帯で、私だけの宝石を隠す。こんなに美しいもの、誰にもあげてやらない。

 何するんだと苛立たしげに諌める彼にそのままを伝えれば、それなら俺はアンタを何処に隠せばいいかと聞く。
 そんなこと、知らないわ。

「トラの腕の中でいいと思うわ」

 軒の下でも土の下でも好きにすればいい。
 強く奪われた唇の内側が、いつまでも苦く甘かった。


哀れみのその綺麗な瞳をちょうだい

(110228)

title by:)深爪
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