ちょこんと触れた指先は、最後のおまじない。この気持ちが、上手に伝わりますようにって。ちゃんと言葉で言える自信がないから、そうやって自分の気持ちを高めて他力本願。
 お願いね。力、貸してね?
 私にしか見えない彼女に向かって念じると、優しい暖かい笑顔で頷いてくれた。私とおんなじ顔。違うのは着てるものだったり、髪を高いところでひとつに結ってるところだったり。でも、考えること全部伝わるから、お互いが、中身がよく似ていることまで知っている。

 おまじないをもうひとつ。靴は左から履いて、つま先はコンコンと二回鳴らす。
 いつもやっていることを意識してやってみる。日常をなぞる。よし!なんて気合の一声を上げて拳を引けば、彼女もよし!ってまったく同じことをしていた。

「大丈夫かな?ちゃんと渡せるかな?」

 大丈夫、あなたなら渡せるよ。ひとつひとつ丁寧に相槌を返されるたび、自分の中から肯定された勇気を帯びた自信が育つ。
 これを作っていた時だってどきどきだったけど、今はその比じゃない。おかしなところがないか、鏡の前で5分もチェックしてきたし、何度だって彼女に問いかける。
 不安なんだね。うん。大丈夫、あなたは痛みを知っているから。それは私じゃなくて…。いいえ、私はあなただもの。
 奇妙なやり取り。前を見据えて普通を意識して歩く私の横を、彼女は歩く。私にしか見えない彼女は時折人にぶつかったけど、腰に挿した短剣らしきものがキンと音をあげるのみで、すり抜けてしまえば痛くも痒くもないようだ。凛としていてかっこいい。

「私もあなたみたいに強くなりたい」

 ぼそりと、でも力をこめて声に出した。彼女は返事をしない。

「ちづる、おはよう」

 代わりに届いた声は心の大半を占める彼のもので、私はびくんと動いてしまった肩を隠すように右から後ろを振り向いた。変な顔してないかな?髪、乱れてないかな?その過程になっても収まらない不安をいつもなら払拭してくれる彼女の声が聞こえない。

「おはよう」

 ――千鶴さん?
 スクールバッグと小さなラッピングバッグを提げた私の隣から、彼女は姿を消していた。

(110217)
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