俺が黒の男と出会ったのは、高架線の下だった。

 黒いフードから見える黒い前髪と黒い瞳。それからまとっている空気。
 彼を取り巻くありとあらゆる黒、黒、黒。
 それらは頭の奥で、彼がこの世のものではないという推論を組み立てる。
 そう、あくまで推論に過ぎないが、それにしたって確信に近い自信があった。

 その姿形は人である。身に纏った服装はなんら変哲のない洋服。
 どこがこの世のものでないのかと問われれば、全て、と答えるしかなくて、具体的にはと問われれば、気のせいだったと答えたくなる。
 しかしながら俺にはわかったのだ。
 コイツは俺が過ごす、過ごしてきた世界と相容れないものであり、『人間』から見れば嫌悪と畏怖の対象であり、間違いなく重度の悪性である、と。
 真っ黒な容姿や今胸に抱く不快な感情は、言うなれば『死神』がしっくりくるのだが、生憎俺には死ぬ予定や人様を殺す予定はない。
 まったくのお祓い箱ものが、何故俺の前に姿を表したのやら。

「君、農家なの?」

 唐突な『死神』の質問に、違うと答えた。今の俺は大学生だ。答えてやる義理なんてないのだが、口が動いてしまう。何故だろう。やはり『死神』といえども神だからなのか。答えなければいけないと、本能が勝手に処理したのか。
 俺がそう答えることを初めから知っていたように、そうだろうね、と『死神』は笑った。

 ぞくり、
 とする笑みだった。

「けどさぁ、君は黄金の芋を売ったじゃない?」
「知らない」
「ああ。比喩だよ。そのほうがおもしろい。冗談通じないところは同じ、か」

 ムカつく顔は全然似てないのにね。

 ぞくり、ぞくり、ぞくり。

 何故だろう。コイツの嫌な黒色の笑顔を見るたび、背中に這いずる蛇のような悪寒の他に、別の、もっと熱い何かが押し上げられてきて、爆発してしまいそうだ。

 『黄金』という例えに思い浮かぶものは俺にはひとつしかなくて、ああ、とだけ。自己解釈で済ませた。

「大切に大切に、良い土を耕して、手作りの肥やしを吸わせて、農薬なんて邪道は使わずに自らの手で守り続けて、芋のくせに太陽ばかりを見せて、ピカピカに育てた、…ただの芋」
「それがどうした」
「いくら光輝こうが、所詮芋。君は充分観賞し干渉し愛でた。しかし芋は食べられることが総てでありきっと幸せだ。だから出荷という名目で無理矢理手放して、今更後悔してる」
「………」

 揶揄されているのだ。
 馬鹿にされているのだ。
 俺の過去の行いを嘲り、気持ちを踏みにじり、おもしろいことこの上ないらしい。

 無言で睨んだ先の男は、より一層愉しくて愉しくて死ねるくらい愉しいといった具合に顔を歪めて笑った。

「自分で食べちゃえばよかったのに」
「……る…さい」
「でもでもー、そんな勇気、君にはないよね?」

 口調まで憎たらしい。俺が苛立つほどに愉悦をたっぷりと含んでいく様が腹立たしさ以外何も呼び起こさない。

 俺にとっての『黄金』――彼女を手放したことに、後悔などしないと決めた。これまでやってのけたように、幼なじみのポジションで墓場までもっていこうと決めた。如何に苦しくて叫びたくなる衝動も、抑え込む術を覚えた。

「スイートポテトか、天ぷらか…チップスっていう手もあるけど、やっぱり今の時期は焼き芋かな?」

 後ろ手に紙袋を取り出して、おひとついかが?とは白々しい。
 誰がお前の手からもらうものか。

 差し出された芋はてんで特徴のない、くすんだ紅色だった。暗に芋なんてどれも同じだと、代わりなんてそこらじゅうに転がっているじゃないかと、聖人のふりをした、一見すれば励ましにも似た侮辱を感じた。

「黄金に輝く芋なんて、不味そうで仕方ないよ。やっぱり色違いはレアってだけ。実質的価値などないのさ」

 考えるより先に手が出ていた。命令系統を無視した筋肉が、自ら動いたように。
 俺は、侮蔑の心とともに、男の手を払い除けた。こ気味よい音の直後、芋が路地に転がった。
 あ〜あ、と下手くそなコメディアンのごとく腕を開いて「残念」と言った男は、隅に佇む芋の方へと歩いていく。

 拾うのか。
 いや、コイツはそんなヤツじゃない。

 影の脚が上げられた。
 ぐじゃ、と。踏み潰す音が、コンクリートに囲まれたその場所に響いた。
 何度か靴裏を押し付けて再び上げられ晒された地面には、無惨に散らされた黄色い身が潰れているばかりだった。

「残念だよ、すずちゃん」

 うそをつけ。

(101026)
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