愛してるだから愛してちょうだい。愛してほしいのだから愛してあげるだから、愛してよ。




 ミーンミーンジジジジジー。蝉が鳴く。朝も昼も夕も夜も鳴いて、短命をよりいっそう削り取りながら鳴いて、ひとつひとつの個体がまわりの奴らに敗けるものかと喚いた。

 チリン。申し訳程度にガラスの風鈴が揺れた。チリ、リン。清んだ音色。優しくて、涼しげで、むさ苦しいだけの蝉の音とは対極に位置するのではないだろうか。クリアな表面の薄水の中、緋色で描かれた金魚が、さらさらの赤毛を連想させた。見送って再会して、また見送ってを何度繰り返しただろう。まとまった休日を確保しては会いに来てくれるものだから、寂しさが限界に達することはない。辛くて哀しくて虚しくなるギリギリ手前には、必ず帰ってきて私を助けてくれるのだ。実は第三の目とかを持っていて、私を見張っているんじゃないかってくらい。それほど、彼は私を悲しませることを嫌う。

 「愛してる」って言葉は、聞けば聞くだけ価値が下がると思っていた。数を重ねるたび安っぽくなってしまうから、大切にしなければならないと信じていた。けれど、彼の言葉は褪せない。飽きないというよりも、慣れない、といった表現でぴったりだと思う。どストレートで投げられても、緩くカーブの軌道を描かれても、私の頬を染めてしまう。いくら受け取っても、そのたびに中身がずっしり詰まっている、そんな重みを含んでいた。
 愛してる愛してるよ大好きなんだ放さない。

「愛してるよ、月子」

 ふと振り返って、後ろから首に回された手に私の手を重ねた。残暑の真っ只中の暑苦しさが、彼の体温からは見つけられない。私に籠った熱を、ひんやりとすいとって透明に還す。チリリン、風鈴が儚い音を立てた。うなじに掛かった羊くんの緋が震えた。

「大好きなんだ」

 知ってるよ。だから私に会いに来てくれたんでしょう?心の右の奥で問うてみても、彼は答えない。
 ねえ、羊くんも知ってるでしょう?私も、会いたくて愛しくて、悲しくて泣きそうなんだよ。

「放さない、だから」

 ジージジジジー…ジ、ジジ………。蝉の声が止んだ。でも世界はまたすぐにざわめきを取り戻す。騒音に掻き消された羊くんの音が、すとんと喉に入ってきた。そうだね、わかってる。私はそれを咀嚼したふりで丸呑みした。


 蝉は地上に出ることを許された短い間に、愛を語り尽くすのだ。愛してよ愛してあげるからだからねえほら、愛して愛して愛し尽くすよ。声が枯れることを知らない。命が欠けることを知らない。すべての細胞を愛に向けて、吐き出して、満足して朽ちる。

「いっしょに…行けたらよかったね。同感だよ、羊くん」

 ぽとり。私の中に、抜け殻が落ちた。赤い色をしたそれは波紋を二重三重広げ、やがて奥底へと沈んでいった。最期に残ったのは、彼が優しく私を呼ぶ声。

「うん。なあに?」









これが悲劇なら
 どれだけ幸いだったか



 行方不明の受取人宛てに残暑見舞い代わりの彼の訃報が届いたのは、その翌々日のことでした。

(100806)
title by:)maria

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