はじめは色だった。
 哉太に自慢の写真を見せられた。彼にしては滅多に無いモノクロのものだった。「どうしたの?」趣旨替えかと問えば、変な顔をされた。
 そんな哉太の顔色が普通ではあり得ないほど悪いことを、私は冷静に見て、なにも感じなかった。



 次は音だった。
 颯斗くんに肩を叩かれて気づいた。少し心配そうな眼が私を見る。つ、き、こ、さ、ん、口が動く。だ、い、…待って。「なんて言ってるの?」早くてわからないよ。ゆっくり、もっと一音ずつしゃべって。彼にお願いした私はひどく冷静だった。私は音をなくした。
 彼は動揺していた。生暖かな書類が床に広がった。



 その後は距離だった。
 的がとっても遠くに感じた。宮地くんが差し出してくれたタオルを受けとることができない。近くなのに掠めるばかりで、結局掴み損ねて落としてしまった。
 「ごめんね、」拾おうと屈んだらよろけた。少し離れた場所にいた宮地くんが、怪訝な顔で支えてくれて助かった。あ、眉間にシワがない。



 ついにはだった。
 羊くんのにおい、が、した気がした。甘いおかしのにおいだと思う。強く抱きしめられている。気がした。何かが私のつむじに落ちた。水だ。雨でも降っているのだろうか。
 そうか、だから暗いんだね。雨は暖かくて、でも頭にしか降らなかった。



 最後は味だった。
 錫也の味がしなくなった。彼が健康に目覚めすぎちゃったのかもしれない。美味しくない、のではない。空気だった。食べているのか、飲み込んだのか、吐き出したのか、私は知らない。ただ、錫也が、おそらくだけれど、彼が私の手のひらに指で書くのだ。「たべて」たぶん、きっと、そう。
 私は辛うじて、口を開けた。そこまで。その後は私の知らない時間。





 ぎゅ、ぎゅぎゅ。
 誰かが私を抱きしめる。誰だか見えない。聞こえない。察せない。

 私にはわからないことが多すぎた。味、光、距離、音、色、香、それと他にも。いっぱいいっぱい、わたしは、わからない。わからないわけがわからないの。

 ぎゅってして。コトバは出せない。ただ、最後の、本当に最後に残った温度だけは、どうかどこにもなくならないでいてよ。



そうしてわたしはかんかくをうしなった。





それが罪でないのなら何が罪となるのでしょう、これが愛でないのなら誰が愛を知るのでしょう、難しすぎて、わからない

(100713)
title by:)hence
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