錫也は特別だった。

 私にとっても哉太にとっても、それはお兄さんとかお母さんとか、ふわふわの綿菓子でできたベッドみたいな存在だった。やさしい眼差しでみつめてくれて、やさしい味のごはんをくれる人。
 明るくなったころに美味しいごはんを用意して、暗くなるとモノガタリを聴かせてくれた。お話は定番の昔話だったり、神話だったり、ときどき創作だったりした。どれも私と哉太をわくわくさせるには充分なストーリーなのに、いつも結末まで聴かずに眠ってしまった。聴きたいのに、なにぶん声までやさしい錫也だから、安心してしまうのだ。夢の世界に強制連行。わるいのは我慢できない私たちじゃない。かといって錫也もわるくない。わるいのは、


「錫也、おはなし。今夜はね、天の川のおはなしが聴きたい」
「…………」
「雨がいっぱい降ってるみたいだね。これじゃあ、あのふたりは天の川渡れない…ってとこなのかな?」
「………」

 見上げてみる。ふわふわの綿菓子に似た何かに、青い丸い星が覆われていた。
 私は知っていた。錫也が教えてくれたから。あれは雲と呼ばれていて、あの丸い星に雨と呼ばれる分身を落とすのだ。

 私からはよく見えていた。となりで哉太が、指でつくったフレームに天の川をおさめた。ただの屑星の境界線。あちらとこちらに恋人がいるらしい。あの程度の距離なんて、なんてまどろっこしい関係。
 せっかくの広い宇宙を逃避行に使わなくて、いったい何に使うんだろう。

「哉太、誰かいた?」
「いいや。何も見えないな」
「ふぅん」

 お月さまにウサギはいなければ、姫もいない。木の星はレジスタンス予備星。雲はアメでできていて、太陽に溶かされてアメをばら蒔く。

「錫也…」
「…ん、」
「ごはんつくって」

 飴を口いっぱいに詰め込んだ錫也が、瞼を溶かしながらこくんと頷いて立ち上がった。


 丸い星のみなさん、ごめんなさい。雨を降らせたのは私です。正確には、私と哉太、それから錫也。どうか、彼が泣き止むまで濡れてください。
 ちょうどよく掠れた声で、私は今夜、恋人たちの哀しいモノガタリの終末を聴きたいのです。

(100708)
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