「おとうさーん」

 わたしのおとうさんは寝起きがよくない。
 いつもは自信満々完全無欠って顔と態度のくせに、たまにちょっとだけ朝に弱い。

 それから、朝よりもずっとずっとおかあさんに弱い。
 ちなみにわたしの記憶にある限り、おかあさんの笑顔は負けなし。母は強し、なのだ。

「おとーさん、朝ごはんだよ!」

 揺さぶってみても、まるで効いてない。
 すーすー聞こえてくる寝息も乱れないなんて、すごい。わたしはおかあさんがフライパンを落とした音で起きちゃったのに。
 疲れてるのかな。おとうさんがねぼすけ(でも寝坊らしくない)なのは、お仕事がたいへんだからだって、おかあさんは言ってた。

 でもおとうさんが出発する時間も近づいてくる。かわいそうだけど、わたしはおとうさんの腕を掴んだ。ぶんぶん。ただなんとなく振っているだけだと、ふとした時に足技がくるから危険だ。
 実はおとうさん、寝相もよろしくない。気配を感じ取ってさっと離れた瞬間、長い足がとんできた。ほら、危ない。

 気をとりなおしてあっちへこっちへ揺する。そのたびに、背中に背負ったランドセルがガサガサと鳴る。中に入れた教科書やノートがわたしにあわせて動きまわるからだ。
 部屋にある時計を見ると、長い針が上を指していた。まだ登校までの時間は充分ある。

 少し傷ついた赤いランドセルを下ろした。ガタンッとランドセルの中身が傾いた時にくる衝撃は、音だけじゃなくわたしにも伝わってくるから、背中が痛くなるのだ。
 ときには教科書の角が折れちゃったりして、あとで気づくと無性に悔しくなった。

「おとうさんってば!」

 「せーの…っ」押しても引いてもダメ。おとうさんは大きなかぶのお話に出てくるかぶみたいだと思った。
 そしたら私がおじいさん。いくらおじいさんがうんとこしょ、どっこいしょって頑張っても、なかなかかぶは抜けません。
 引っ張ったらかぶは変に意固地になって余計抜けてくれないの。

「おかーさーん!おとうさん起きないー」

 だからおじいさんは、おばあさんを呼んで。おばあさんは孫を呼んで、孫は犬を呼んで猫を呼んでネズミを呼んで。

 でもわたしのおうちにはわたしとおかあさんとおとうさんしか暮らしていないから、孫から先の力は借りられない。

「おかーさーん?」

 はーい、という返事は聞こえたけど、肝心のおばあさん役は助けにきてくれなかった。続けざまにふしゃあッ!っておなべが呼んで、おかあさんを引き留めたからだ。キャアって悲鳴。
 ……ありゃりゃ。噴きこぼしちゃったな、あれは。

 おっちょこちょいなんだからもう。


「先輩!!」

 わたしのまっすぐに切り揃えられた前髪が浮いた。
 助けにいくか。なんて冷静にわたしが考えるより先に、今の今までウンともスンともしなかったはずのものがビューンって通りすぎた。
 あれ?あれれ、今の、おとうさん、だ。

 キッチンのほうから届くのは、ひたすらおかあさんを心配するおとうさんと、もうしわけなさそうに謝るおかあさんの声。

「もう、また先輩っていう…」
「せんぱっ……、月子さんに何かあったのかと思って、思わず」
「火をつけっぱなしにして忘れちゃってたの。ごめんなさい」
「何もないならいいんです。火傷とかしてませんか?」

 おとうさんに手をとられて、真っ赤な顔をしたおかあさんはお姫さまみたいだった。
 王子さまはもちろんおとうさん。おとぎ話の中みたいで、ほんとうに、焦げた魚の匂いとか味噌の湯気がたってさえいなければ立派な額縁に入れて飾っても不思議じゃないってくらい素敵な絵。
 そう思うと笑ってしまう。
 大好きなおとうさんとおかあさんを、かぶとおばあさんにした自分がおかしい。でもわたしはおじいさんを選んだんだから、勝手におあいこにさせてもらおう。

「おはよう梓くん。朝ごはんにしよっか」
「おとーさん、おはよう。早く顔洗ってきていっしょに食べよ?」
「おはよう。急がなきゃ学校に遅れちゃうもんな」

 洗面所に向かう前に、さらり頭を撫でられた。

「今日も起こしてくれてありがとう」

 でもね、おとうさん。大好き、なんだけどね、わたしも朝は忙しいの。
 ……狸寝入りしてやり過ごそうとするのだけは、やめてほしいな。





        

(100707)七夕

企画:)きみのて。様に提出。
参加させていただき、ありがとうございました。
香夜
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