湿った空気と曖昧な視界で目が覚めた、朝5時53分。携帯アラームが設定してある時刻は6時ジャストのはずだから…。鳴る前に起床とは、無意識のうちにはりきっていたようだ。

 天気は晴れ。すっかり日の出たカーテンの向こうから射す光を受けて、ぐぐっと伸びて起き上がる。
 さてと、お弁当の準備をしなければ。

 ベッドから足を下ろし、その前に、と思い立ってタオルと着替えを出した。夜のうち中途半端にかいた汗で、身体に貼りついた寝間着がベタベタと気持ち悪い。ついでに軽く洗顔なども済ませ、シャツの上にエプロンを引っかけ、冷蔵庫から昨日下準備した材料を取り出して並べる。効率の良い順に。そしてお弁当箱代わりのタッパーをみっつ、さっと水洗いした。

「ふぁ…あ」誰も見てないひとり部屋をいいことに、口元を隠すことなくあくびを吐く。こんなこと、例えばあいつらが教室でやったら叱るところだけど。一応、人前かプライベートかで俺は区別してるし、いいよな?なんて自己便宜。

 ぐつぐつ沸騰し出したお湯を見計らって、麺を投入した。黄色く縮れた中華麺だ。ほぐしながら入れて、さらに時々菜箸でかき回す。再び沸騰したお湯が吹きこぼれないよう火力に注意しながら、またあくびをした。

 寝たのが1時過ぎだから、睡眠時間は実質4時間弱。少し夜更かししたくらいでこれじゃあいけないな。“おかん”どころか、哉太には“じじい”とか言われそうだ。早寝早起きの習慣は大切なんだけどな。
 どっちもどっちだけど、俺としては言われ続けた免疫――愛着があるぶん、おかんのほうがずっとマシだ。こう結論づけることは、男子高校生としていかがなものか。たぶん、ズレているんだろう。

 グリルしておいたチキンやきゅうり、薄焼き卵を薄切りにし、タッパーにそれぞれ盛り付けて、最後にミニトマトをトップに据えれば冷やし中華の完成だ。3人分のつゆはプラスチックの小瓶にまとめて詰めた。

「ん、と…」

 いつもの包みでは小さいから、ファミリーサイズの保冷バッグを準備して、保冷剤もいっしょに入れた。
 冷たくなくちゃ、冷やし中華じゃないしな。ほぼ完遂状態に満足すれば、あいつらの嬉しそうにはしゃぐ顔が浮かぶ。

「錫也ー、冷やし中華はじめませんか?」
「そろそろよくね?明日あたりとか!」
「ね!」
「ああ!」


 言うのは簡単だけれど、冷やし中華に使う野菜は基本夏モノだから、傷むのも早いのだ。冷蔵庫にストックはなかった。

 しかしあいつらの喜ぶ顔見たさに、昨日は急いで外出届を出して、食堂を借りて鶏モモ肉を炙った。
 簡易キッチンがあるとはいえ、やはり部屋で火が使えないのは痛い。この場合、肉を焼き網で炙るかクッキングヒーターで焼くかでは、断然前者だ。

 借りた場所はもちろん、調理場を借りる前よりキレイにして帰って課題をやって…としていたらすっかり日付が変わったあとで。おかげさまで、今はあくびがもうひとつ。

 調子にのってきたのか、4度目のあくびが出る予兆を感じたところで、ちょうど携帯電話の通知ランプが光を灯した。すぐに着信を告げるメロディが鳴る。


―――――――――――
Date 20xx年7月1日
From 羊
Sub おめでとう
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そっちは『おはよう』だよね?
少し遅くなっちゃったけど、おたんじょうびおめでとう!
2人にはもう祝ってもらった?

また今度、次に日本に行く時にタルトタタンをプレゼントします。
あ、錫也には紅茶のほうがいいかな?
そのほうが僕も錫也の手作りケーキ食べれるし……でもおにぎりも食べたい。

それじゃあ、月子と、ついでに哉太によろしくね。
いってらっしゃい。
おやすみ。
―――――――――――


 メールを読んで気づいた。

「今日…俺の誕生日だったっけ」

 7月だ。そうだ7月。
 リクエストされた冷やし中華への使命感で、カレンダーは変えられていなかった。7時をまわって長針が真下を指そうかという頃、やっと一枚めくった。
 そこにはいつの間に書いたのやら。あいつの字で『錫也B』と、最初の日にちにピンクの丸がついていた。



「すーずや!」
「おはよ」
「おはよう」

 めずらしく俺を迎える立場に立った哉太が、得意そうに手を上げた。おはよう!と挨拶を返してくれたのは、横に立つ月子のほうだ。

 お昼ご飯は3人前まとめてバッグの中だから、昼休みにお披露目しよう。去年まではハムだったのを思いきってチキンにしてみたけど、気に入ってくれるだろうか。

「今日も暑いね」

 予想以上に太陽が照りつける真夏日みたいだ。教室保管は止めて、食堂に寄って冷蔵してもらうのがいいだろう。これは保冷剤には荷が重い。そして一番美味しい状態で食べてもらうんだ。

 まだ寮側を向いて俺を待つ2人が、ニッと笑った。ああ、逆光混じりなのがもったいない。

「誕生日おめでと!」
「ハッピーバースデー!」

「ありがとう」

 俺からも、と、保冷バッグを前に押し出して宣言した。

「冷やし中華はじめました」

 聞くやいなやいたずらっ子のように上がっていた2つの口が、よっしゃっとかわー!とか歓声に変わった。まったく。調子がいいんだから。

「お昼だからな」

 ファスナーを摘まもうとした哉太が、わかってるよと手を引っ込める。
 そのわかりやすい行動に月子と俺は笑う。

 この日常すぎる光景が、俺にとっての何より。

 何よりの、幸です。








Sono felice.


(100701)

くまさん主催:)錫也誕生日企画へ参加させていただきました。
香夜

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