ここまで放課後を遊び倒したのは久しぶりだ。
開放感ではしゃぎまわった後には、気持ちの良い疲労感と、少しの寂しさが残る。
「誕生日おめでとう。哉太」
「お、おー。…てかおまえ、今日1日で何回そのセリフ言うつもりだよ」
「言いたい分だけ。ね?」
繋いだ手をゆらりと、小さく前後に振った。そんな些細なことで、楽しい気持ちがさらに蓄積される。
手を繋ぐことが当たり前の時期が長かった。
何の意識もせずに、徐々に大きさに差をつける手を握り続けていた。
引っ張ったり、引っ張られたり。笑い合いながらだったり、ふたりして泣きながらだったり、喧嘩して放したりした。
一番馴染んで、一番好きな、哉太の手。
その暖かさに一時的とは分かっていても、学園に着いたら終わってしまう時間への想いが、和らぐどころが引き立つ予感がして。バスがまだ来なければいいのに、と願ってしまう。
いつも触れているわけでも、触れていられるわけでもないというのに。今日は久しぶりのデートだからか、気持ちがワガママになってしまっているんだ。
「寒いか?」
キュッと力を強めた手に気づいた哉太が、顔を覗き込んだ。ゆるくかぶりを振る。
「大丈夫だよ。哉太は?」
「俺も平気だけど…。やっぱ、夕方はまだ少し寒いな。風も出てきた」
はぁー。もう白くは映らない息を吐き出した哉太に、入れっぱなしになっていたマフラーを思い出して、探ってみる。ストールとの中間みたいに薄めの生地だから、ちょうどいいと思った。
見つけて差し出せば、困惑の後に、ちょっと怒ったような顔。私、何かしてしまったのだろうか。
受け取ってもらい損ねたマフラーを掴みながら、探す過程で放してしまった手をみやる。私のと同じで、やり場に迷っている手。
触りたい、繋ぎたい。それだけなのに、気持ちとタイミングと距離を見誤った。どうしろって、言うんだ。
「ちょ、ちが、…んな顔すんなよ」
「じゃあ哉太もそんな顔しないで」
「俺のは……その、おまえが…おまえ、と…」
「……?」
不機嫌が紅く染まってゆく。寒いと口に出したはずの哉太は、火照っているような表情で言い淀んだ。
彼が生来の照れ屋だと知っていなければ、何が起こったのかとどぎまぎしてしまいそうだ。…そう、哉太は照れ屋だった。
「照れてるの…?」
「ば…!」
「…違うの?」
「〜〜ッ、……だからその」
「うん」
「寒い、けど、寒くない」
「……は?」
「おまえが傍にいて、手ぇ繋いだりしてくれてるから」
寒くないんだと言い捨てて、マフラーごと手を掴まれた。もう片手でするすると布を抜き取られ、バッグに詰め込まれる。
「ほ、ほら、バスが来たぞ」
恥ずかしがりやの哉太が自ら繋いでくれた手は、さっきまでより冷えていて、でもじんわり熱が湧いていた。
その手を放さずにどちらともなく固く握って、ステップを昇る。
バスに乗ってしまった。 後は学園に戻って、どちらかの寮の前で別れるだけ。繋ぎ直した手を、また放す時が迫る。
けれど、さっき放す前までの温度と、再び繋いだ今の温度。嬉しさや幸せが、なんとなく上がっていた。
だから次に放してまた繋ぐ時はもっともっと暖かいのだと、妙な根拠の確信をして笑ったら、不思議そうに「なんだよ」と哉太。
「おめでとう、哉太」
「おまえソレ答えになってねぇから!」
「そう?」
「そうだろ」
「じゃあ、ありがとう」
キュッと握りしめたらキュッと返されて、嬉しくなった私はまたおめでとうを伝えた。
(100318)