ケータイを開いて時刻を確認すれば4時。正確にいえば、16時36分だ。
 腕の中で穏やかに呼吸している彼女は、とてもあどけない無防備な寝顔を晒していた。薄く口唇に隙間を開けて、誘っているのかと思ってしまうほどに艶っぽい。

 もうあと数時間で沈み始めるだろう陽光を思って、起こすべきかと思案する。名前を呼んでみたものの、ボソッとしか声を出せない自分に、起こす気などないじゃないかと苦笑した。
 こんなに気持ちよさそうに眠っているんだ。それも俺の懐に入って。
 ずっとこのままで、とも願ってしまう俺に、起こしたい理由は生憎見つからない。

 枕にしていないほうの腕で、さらさら崩れる髪を撫でつける。さらさら、さらさら、手触りはいいけれど、洗って乾かすのはその分手間だ。
 前に――まだこれよりは短かったころに、髪の毛の拭きあいっこをしたけれど、一苦労だった。
 切りたいと思ったことはないのか聞いたら、「錫也は長いほうが好きそうだから」と言われて焦った。後々大した意味は無かったのだと思えるようになったが、それでも髪を短くしないことを意識するたびにその時の茶目っ気ある表情がフラッシュバックして、ひとり、へらりと笑ってしまう。
 もう暗示のようなものだ。噛み締め切れない幸せにショートしている。そんな狂った実感がする。
 そういえば、もうひとりの幼なじみに「のろけんな!」と怒鳴られたばっかりだ。惚気なんだろうか、これは。

 ただただ髪を指ですき続ける。砂のように小さな歓びが、指の間を通っては零れ落ち、通っては滑り落ちしているのを感無量に眺めた。

「長い髪が好きなんじゃなくて、おまえの髪だから好きなんだけどなぁ……」

 おまえは覚えているかも定かではないことを、こんなにも気にしてしまっている。
 淡い、俺と似た色の髪。お揃いだと喜ぶのは単純すぎるだろうか。

 長い後ろ髪を一房持ち上げて、口づけた。俺のためだったら、嬉しい。あの日のあの言葉に愛情があったなら、嬉しい。俺と同じ考えや気持ちがあるなら、嬉しい。

「……すずや」

 髪の向こう側にある双眸と、俺のが合った。髪を手放して再度すき始めながら、夕方には似つかわしくないおはようの挨拶をする。幸いまだ沈んでいない陽に安堵して、撫でつける仕草に戻した。

「もう起きなきゃ、だめ?」
「暗くなる前に帰りたいだろう?」
「……もうちょっとこうしてたいの」

 頭に伸びていた俺の手とぶつからないように、ゆっくりと細い指が俺に向かう。そのまま俺の耳に触れて、サイドの髪を撫でられた。

「ふふっ、おかえし」
「え…」
「錫也の手、気持ちよくて好きだから、私も」

 優しい手つき。耳を掠める温度がくすぐったい。知ってか知らずか微笑む彼女を前に、呆れたふりでため息をついた。

「……夕飯までだぞ」
「はーい。ごちそうさまです」
「俺が責任持って送っていくって、ちゃんと連絡してから。いいな?」
「うん。ありがとう」

 ギュッとより近くなった距離で、へらりと破顔される。髪の色だけじゃなくて、ふとした時の、お互いに見せる笑顔までそっくりなんじゃないかとか、俺には勿体ないことを思って、ああこの勿体ないという感情が惚気に似た要素を含むのかもしれないと、思い出しながらにまたへらりと笑った。



(100306)

錫月好き同志のくまさんに捧げます。
錫也が好きです月子が好きです!(サイトの方向性上、月子表記は控えております。が、いつも脳内では完全つっこちゃん)
リクエストありがとうございました!

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