(赤ずきんパロ)
「あなたって、いいオオカミよね」
黄、桃、橙、白、赤。
抱えきれないほど大きな花束を両の腕で抱き締めて、女の子はまんまるの瞳で俺を仰いだ。
太陽なんてものは好きでも嫌いでもないが、その子の太陽みたいなあったかい笑顔は好きだ。頭巾で日焼け知らずの肌に手を伸ばして、一度触れてしまえば俺のものにしたくなる。
感触が適度に、それでいて期待以上にふにふにしていて、――うまそう。
「どうしてお母さんは、オオカミみんなが悪い生き物って決めつけるのかなぁ」
「おまえが可愛いんだよ。俺みたいな危ないやつに、近寄らせたくないんだ」
「スズヤは危なくないよー?前に悪いオオカミから助けてくれたじゃない」
「ははは…」
彼女の母親は正しい。俺が危なくないという方が思い違いだよ。同族同士の勢力争いは日常茶飯事で、餌も快楽も安息も、実力で手に入れるしかない。
その延長戦上におまえが立っていただけ。だから俺があの日おまえを助けたのは、(助けられた、と彼女に感じさせた行動は、)偽善でさえなく、俺による俺のための行動。
俺に摘まれた白の花を受け取って、彼女はきれいと微笑んだ。
「大きな…カモミール?」
「カモミールじゃなくて、マーガレット」
まだまだ。綺麗に咲いた花たちを、摘んでは渡す。彼女の両手がいっぱいで使えなくなったら、花籠に入れていけばいいのだ。
一昨日は豪雨で憂鬱だったとか、昨日虹が遠くの空まで架かってたとか。彼女は何でもどんなことでも、表情感情豊かに話をした。穏やかぶってるだけの俺にはできない芸当だ。
この表情を保つことで、自制心まで働かせている気までしてくる。
こんなくだらない“おともだちごっこ”、さっさと終わりにして、食べてしまえばいいのに。
彼女の悲鳴ごと貪りたい欲と、彼女の笑顔を護りたい情が、俺の中で相反する欲心となって繁殖してしまった。どちらにも引っ張られ、どちらからも押し潰されて、身動きの出来ない俺は、今日も“いいオオカミ”の“いいおともだち”、彼女が慕う“スズヤ”を演じる。
また、そんな自分に満足感染みたものを覚える瞬間というものがあって、これが今一番厄介な感情だと自負している。
「…スズヤ、」
「なんだ?」
「おひさまが沈みそう。お母さんが心配しないうちに帰らなきゃ」
「そうだな。……なぁ、帰りながら、ゲームしないか?」
「ゲーム?」
彼女の細腕に提げられた籠から、一本、花を抜き取る。
「花占いって知ってる?」
「ううん。知らない」
今さら知らないことを珍しいとは思わない。彼女に年近いこどもはこの森には住んでいないから。俺が見つけるまで、彼女はひとりだった。
食べられる物や薬になる物の知識は入れられていても、生きていくためには必要とされないマーガレットのことなど、名も知らない。
「一枚ずつ花弁を千切って占うんだ」
「何を占うの?」
明日のお天気?
それとも今夜のごはん?
至って真面目に聞き返す彼女に弛く頭(かぶり)を振って、笑ってみせた。
「明日、おまえと俺が会えるか、だよ」
今夜のごはん、という当てずっぽうな勘は、間違っていない。ともすれば、俺の晩餐が決まる。
「スズヤって、呼べば来てくれるじゃない」納得がいかない、そんな表情を全面に押し出して、彼女は一枚一枚無言で、でも頭の中ではしっかり言っているのだろう、ゆっくり散らしてゆく。
俺が渡した白色のマーガレットが芯だけになった時、彼女は俺を見て嬉しそうに笑った。
安堵してしまった俺は、オオカミ失格だろうか。
悔しいのと、腹が寂しいのとで、俺は彼女の頭巾を奪って、首筋に鼻を寄せた。
「ちょっと!スズヤ、くすぐったい!」
「占いだけじゃ心もとないから、おまじないだ」
そのまま無垢な柔肌を嘗めあげる。
うまそうな匂い。自己主張の強い花の香さえも、引き立て役になってしまうほどの。
このまま食べちゃいたい。
「明日、また会えるように」
それまで待てないから、せめて俺の唾液をたっぷり染み込ませて、他のやつらに取られないよう牽制してから。
じっくりいただきますか。
(100216)
企画:)色恋架空世界。様に提出。
参加させていただき、ありがとうございました。