鉄の匂いに眉が歪む。
 熱い。力強く強制的で押し付けでしかない口づけは、それでも優しさと戸惑いを含んで震えていた。初めて見る男の子の中に確かに存在する幼なじみに、私自身までもを見失いそうだ。

 おいしくないよ、哉太。
 ねぇ、呼吸とまっちゃ―

「んぅ…ぁ、かな…」

 ようやく開放された気管が痙攣するのを感じながら、今の今まで私の呼吸を奪っていた彼が泣いているのを見た。
 口が紅く汚れている。いつかの殴りあいの喧嘩あとみたいだ。哉太の白い肌に映えて、いっそう紅く、黒く穢くうつった。泣かないでと目尻に手を伸ばす。
 何が悲しいの、痛いの?それとも、…なに?ねえ、黙ってちゃわからないでしょう。

「…っ、お前が泣かないからッ、だから…」

 だから代わりに泣いてやっているんだと彼は言う。手向けた指先はすんでに掴まれて、そのまま胸の位置まで下ろされた。力を込められれば骨が軋む。
 おかしいなぁ、哉太。ヘンなの。私に触れば触るほどあなたは汚れてゆくのに。どうしてわざわざ触れてくるのよ。私はあなたのまっさらなところが好きなのに。やだなぁ。私のせいで朱に染まったあなたは見たくないよ、哉太。ねえ、ねえ、そろそろ離そうよ、放してあげるから、さあ。

 視界が朱になる。哉太の白い髪に透過性をもった赤の膜。幕、だね。
 終幕?それとも第二幕でも用意されているのかな。でも続きがあったとして、私の出番はあるのかな。私の名前は上がるのかな。
 ――決定権を、私は持ち合わせていない。もちろん、同じ立場の哉太も同様。

 救急車が来たぞ、と誰かが叫ぶ。お客さん、休憩のベルが止む前に慌ただしく席を移動して、出ていくどころかどんどん増えてくるね。サイレンと、どたどたと、がやがやと、綺麗じゃない音が重なる。それでも私の名を呼べるのは、知っているのは手を放してくれない哉太だけ。ぐちゃぐちゃの世界にふたりぼっち。


「おい!目ェ開けろって!」

 叫ぶ哉太は見えない。さよならの視界に、まだ動く口からかすかすの声を絞り出す。

「わたし、哉太に看取られるなんて…ね?考えたこともなかったの」
「バカなこと言うな!」
「明日哉太がいなくなったらどうしよって…、そんなことが怖くて」
「もう喋るな!いいか!?お前は死なない!こんなとこで終わると思うんじゃねぇ!」

 必死な形相が哀しくて出た苦笑は、もう音になってくれなかった。血液が気管を逆流する感覚。無呼吸の苦しみがよみがえる。私がいるから、哉太は病気を省みず私を守った。私がいたから、哉太は喧嘩して、怪我して、発作を起こした。私のために。私の、せいで。

 だから、哉太が泣くから、せめて私は笑って。

 “ばいばい”って、口を動かしてまた笑って。

 “だいすき”って…動かし…て……ま、た…――




   


(100115)
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