『何か欲しいものある?』
そんな単純なリサーチを仕掛けたのは颯斗君の誕生日から1ヶ月以上も前のこと。
出来るだけ普段どおりの顔をしていたつもりだったのに、「ああ、誕生日プレゼントですか?」とあっさり言い当てられた。
「違いますか?合ってますよね?」なんて微笑まれてしまったら、正直に頷くしかない。
そういうの、わかっててもわからないふりをして欲しい。恨まし気に見返した颯斗君の瞳に、私のそれとは正反対の慈愛を見つけて、目が霞んだ。
じとっとした目を向けた、私のほうにこそ罪の意識が芽生えてしまうのだから厄介だ。
男の人に使う形容詞だとは思えないけれど、ふせがちな優しい眼差しや雰囲気は、女神さまのようだ。きらり、きらきら。
「僕は、あなたが僕のために一生懸命考えてくれたのなら、それだけで充分なんですが」
「颯斗君…」
「考えて、くれますか?」
「…うん!私、颯斗君が一番喜んでくれるもの、頑張って考えてみるね」
――ガッツポーズとともにそんな根拠も保証もない口約束をしたのが、1ヶ月とちょっと前。イコール、本日が彼の誕生日当日ということになってしまった。気づいたらなってしまっていた。1時間だけ…と寝て起きたら今日が今日でした。嗚呼!
…どうしましょう。
あの日から授業時間も惜しんで熟考を重ねている問題は、脳内回転数を費やすのみで。解決の糸口さえもみえてきていない。
彼は何が好きだろうか、から始まって、
星(だって専門的なこの学園の生徒)、
生徒会(なんだかんだ言っていても、好きじゃなければ続かない)、
ピアノ(とっても上手、好きこそ物の上手なれってね)
これ!という案が思いつかなかった。どれもかもがそれぞれの理由で、私から青空君にプレゼントできるような代物じゃあない。
かといって好きでもないものを貰って、嬉しいだろうか。
颯斗君なら、何をあげてもありがとうをくれるだろう。でもそんなんじゃない、私は彼のありがとうが聞きたいんじゃない。たとえ無言でも、喜んで欲しい。三割増しのきらきらが見たい。
好きなものだからこそ、手にした時嬉しさが倍増するんだ。と思う。
とかなんとか、云々かんぬん。
つまりは、と置き換えてしまえば簡単なこと。
"用意デキマセンデシタ"。
「せめてまだ来ていませんよーに!」
謝る言葉を考える猶予が欲しくて、祈る心地で生徒会室の扉を開いた。首だけ突っ込んで見回してみても、誰の気配もしない。
セーフっ!
心の中でジャッチマンが叫んだのも束の間。
「入ってもいいですか?」
肩口からの声に、思わず小さくあげた表記不可な悲鳴と同時、飛び上がってしまった。振り向けばすごく近い位置に颯斗君。
ちか、ちかっちかいって!狼狽える私を一笑して、扉をより大きく開け、ゆったりと中に入っていった。拍子、抜けた。
「…こんにちは?」
「こんにちは」
「きょ、今日はなんの仕事をするの?」
「先日先生方から回されたデータを整理しようと思います」
「へ、へぇ〜」
「…他に言うことは?」
荷物を置いて、よりによって彼は戸口まで引き返してくる。文字どおり私に向かって一直線――と表現するならば乙女にはロマンチックな聞こえかもしれないけれど、彼の場合きらきら纏わせつつ有無を言わせない威圧感で一直線。
意識的か無意識的かは知らない、が。エガオコワイエガオコワイ!
「ないんですか?」
とうとう無くなった距離で、私の頬を彼の指が滑る。
ピアノをたしなむだけあって、長くてきれいな指。眺める余裕が私に無いのは残念だ。
冷や汗で固まっていた私の頬が、颯斗君に触れられた部分から熱をおびだす。蒸気が立ちそうだ。すがる視線を送ると、きらきらが待ち構えていた。
言いたいことにはかわりないが、言ってしまったら最後、プレゼントの話題にいかざるおえなくなる。
だけど、すぐそこにあるきらきらは期待を孕んでいるように思えてならない。私の虚勢は、儚く終わることとなった。
「…お誕生日、おめでとう」
「はい。ありがとうございます」
彼の微笑に罪悪感。先に謝ってしまいたい衝動を抑えて、それから、と続けた。
「プレゼントのこと、なんだけど…」
「いっぱい悩んで考えてくれました?」
「それはもちろん!…なんだけどね、その」
しどろもどろにも言わんとした謝罪は、彼の口に塞がれ叶わなかった。唐突な口づけだ。
ちゅっ、と啄んでは離れ、触れては舐められて、きらきらのアクセントを象る口角までつけてキスが繰り出される。
やがて力が抜けて砕けた腰は、体よくまわされていた彼の腕によって支えられた。
「モノならいりませんよ」
「…え?いらないの?」
「僕の言ったこと、覚えてます?」
「もちろん!」
言われなくてもそうしていただろうが、その言葉どおり、颯斗君を想って日々悩んできた。ここ数日間考えに考えて考え続けてきたというのに、結果見つけられないとは頑張り損になってしまっただろうか。
それとも私が用意出来なかったことを察して、ガッカリしたのだろうか。
申し訳ない気持ちと、解答欲しさに見上げた颯斗君の顔は、思いの外満開だった。豆鉄砲をくらったのは言うまでもない。
「あなたの中が僕でいっぱいなんて、これ以上ない至福です」
だからもっともっと、明日も次の日もずっと僕のことを考えて下さい。
光る女神の皮を被った彼は、妖艶な笑みで呪文を唱えた。それは命令であったり希望であったり約束であったりする、魔法の言葉。合言葉。
もちろん、私が返す言葉は決まっている。もしくは小さく頷いて、笑ってみようと思った。
そしてきらきらが降る。
(090916)100506加筆修正
1日遅れでおめでとう!