鍵は締めた。
 これはいつもの習慣だ。
 いくら学園内と云えど、世の中何があるかわかったもんじゃない。よって、用心するにこしたことはないのだ。


 だから、いったい。

「…何故お前がここにいる」

 ベッドに腰掛けた俺の真向かい、ちょこんと正座座りした彼女は誤魔化すように首をこれまたちょこんと傾けた。
 …可愛い。
 、じゃ、なくて。

「おい、ここは男子寮なんだぞ?」

 しかも朝7時。
 祝日のため授業はないが、昨夜俺が立てた予定では、8時ごろから弓道場へ行くつもりだった。もちろん自主練をしに。
 この祝日を見込んで今週末に提出とされた課題は、昨日のうちに終わらせた。 少しでも効率良く、練習時間に充てるためだ。
 そしてそろそろ朝食を食べる時間。なんだが、何分起きたらこいつがいて。俺は寝起きだの寝癖だのなんだの醜態を晒して。パニックを起こして。

「…心得てます」

 今に至る。

「でも、龍之介の部屋です」
「もっと問題だ」
「あ、ドアの鍵は締まってた。窓から入ったから、心配しなくていいよ」
「それも問題だ!」

 絶望した!
 恥ずかしそうな表情をしてさらっと不法侵入しました発言をしたこいつに絶望した!
 しっかり防犯対策したつもりがうっかり窓の鍵を掛け忘れていた俺自身に絶望した!!


 朝からとんでもないことだらけだ。どうしたものだ。道着に着替える前から、どっと疲れた。

 気づかぬうちに深く嘆息をついた俺に、ごめんなさいとあいつは頭を垂らした。降参のポーズらしい。

「梓くんの案なの」
「…木ノ瀬?」

 こいつの口から紡がれた名前に、ぴくっと反応した自分にハッとした。
 きっと今なのだ。こんな感覚で、俺の眉間にシワが刻まれる。
 思ったとおり、申し訳なさそうにしていたあいつは唇を尖らせ、「またシワ」とそれを指摘してきた。俺の前で他の男の名前を出され、寄りによってそれがあの木ノ瀬だ。この反応は当然だと言いたい。

 そのことを察せないところを含めてこいつが好きなのだから、手遅れだ。嫉妬を抑えられるかと問われれば、それはそれで否と答えるが。

「もともとは金久保先輩で、白鳥くんたちがそれに乗っかって、それじゃあ、って」
「ちょっと待て」
「ん?」
「何の話をしている」

 木ノ瀬だけでなく、金久保先輩や白鳥たちまでなんて。ここまで一気に名前をあげ進められると、妬く妬かない以前に話が見えない。

「何って、龍之介の誕生日パーティー」
「…え?」
「もしかして忘れてたの?」

 呆れたように振る舞ってあいつが指差した先には壁掛けカレンダー。文化の日、と3の数字が赤で強調されている。

「あ…っ、」


 忘れていたわけじゃない。だがしかし、まさか部を挙げて祝ってくれるとは思いもしなかった。

「準備する時間が必要だったの。けど、いつも部活の後に戸締まりするのは龍之介だし、当日も朝から自主練に来るだろうからって。そしたら梓くんが『いい方法がありますよ』って」
「足止めか」
「そう。龍之介が起きる前に、みんなが協力して私を入れてくれたの」

 なるほど。窓から入った、という違和感も、数人のバックアップがあったなら解決する。こいつが何も考えずに男の部屋に入ってきた理由も。

 そうか、と俺が遅い相づちを返したのと、あいつが「あ」と小さく声を漏らし、まずいという顔をしたのは、ほぼ同時だった。

「これ、秘密だった」
「…だろうな」

 こいつを寄越してまで、俺から隠れるように気を使って準備しているのだから。公開型じゃないことは明白だ。

「…みんなには、言っちゃったこと内緒で」
「わかった」
「よかった。じゃあもうちょっと待っててね」

 なにより、まぎれもない俺のためなのだから、無下にするのも申し訳ない。先輩たちはもちろん、いくらこの事態をつくりだした木ノ瀬でも。

 安心したように笑ったあいつに、俺まで頬が弛んだ。
 今はもう、眉間のシワなど消えているはずだ。

「先にプレゼント、もらっていいか?」
「あ、ごめん。向こうに置いてきちゃったの」
「…お前がいれば十分だ」

 頭にハテナマークを浮かべたあいつの唇を、俺のそれが掠める。もう一度、ちゃんと合わせようとした俺を、あいつは慌てて制した。
 口の前に手を差し込んで、ストップを掛ける。顔が、耳が、游いだ目尻まで紅い。

「そ、その前に」
「なんだ」

 甘い空気が漂う。この雰囲気まで、まるごとこいつが好きだ。好きで好きで、自分がどんな顔でこいつを見ているんだろうとか、逆にどう見られているんだろうとか、色々なことが気になってしまう。
 慎重になりたいのに、緊張して空回りしてしまう。

 そうだ。
 世界が変わったんだ。あの日、こいつに恋をした日から。

「お誕生日、おめでとう」
「む……、ありがとう」



(091104)

またしても1日遅れ…
おめでとう!
謝罪&解説

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -