放課後の校舎は、しんと静まっていた。階段を上がれば所謂帰宅部の生徒たちが残っているのだろうが、ここは1階。保健室だ。

 少し開けた窓から流れ込んでくる風に、カサカサと積み上げられた紙が掠れて、数枚ほどサラリと舞い上がった。
 咄嗟に伸ばした手を、紙たちはまるで意志があるように逃げて、ヒラリハラリ。右へ左へと揺れる。

 一枚、掴むことに成功。休憩していた腰を上げてまで追う私を弄び、他は華麗に避ける。

いっそのこと、落ちてから拾えばいいや。待っていればすぐに落ちるのだから。
早くも手を伸ばすことをやめた私に代わって、もっと下方からにょきっと腕が出た。そのまま、残りのプリントをキャッチ。一度も逃げられることない、鮮やかな捕獲劇だった。

「ナイスキャッチ、俺!」

 にかっと歯を見せて、腕の主、陽日先生が笑った。体勢を立て直して、はいよ、と差し出される。

 いつの間に入ってきたのだろう。掃き掃除をした後で、ホコリっぽいからと開けっ放しになっていた出入口を見やる。いつもなら入ってきたとたん――向かってくる所から騒がしくなるから、ちょうど今来た、という説が有力か。

「ありがとうございます」
「お前もエライよなぁ。自分が散らかしたわけじゃないのに、」

 空いた手をひらひらさせながら、陽日先生は保健室をぐるり眺めた。今日の掃除はほぼ終わっているから、なかなかに片づいているほうだと思う。

「保健係ですからね」

 苦笑混じりで返すと先生は、お。とリアクションを示した。
 エライエライ、二度頭を抑えた先生の手は、思っていたよりも大きくて、がっちりしていた。なんだかくすぐったくて、照れてしまう。

 今思えばここは保健室とは名ばかりの、星月先生の自室のようなもので、いつ入ってきてもおかしくないのだ。主人がいない部屋で陽日先生とふたりきりなんて、どきどきしてしまう。

(ふたりっきり…って、何考えてるんだろ、私)

 相手は先生じゃないか。別に意味があって"ふたりっきり"と使ったわけじゃない、はず。

「どうかしたか?」
「あ、いえ…なんでも」

 なんでもないんです。だから顔をそんなに覗かなくても大丈夫です。
 言えばいいのに、言ったら、先生を意識しているようで恥ずかしい。近いです、と心の中で悲鳴をあげた直後、タイミングよく先生が離れた。
 助かったような、ガッカリしたような気持ちを見つけてしまったからたいへんだ。なんだろう、どうしよう、これ。

「そういえば、琥太郎センセはいないんだな」
「え? あ、ああ。はい」
「なんか琥太郎センセがいない保健室でお前とふたりきりって、新鮮だな!」
「ふ、ふた…っ!?」
「…? やっぱりお前、変じゃないか?」

 "ふたりきり"。先生も同じことを考えていたのかと、反応してしまった。首を傾げる先生に、勢いのまま首振りで否定する。そうかぁ?とさらに訝しむから、今度はうんうん頷いた。
 先生は、ふぅむ、とわざとらしく唸って、

「ま、いっか」

 けろり、笑った。

 トクン、トクン。なんでこんなに嬉しくなるんだろう、やっぱりわからない。いつもと同じ陽日先生なのに、いつもとは違う私みたいだ。――私は私だ。違う私って、なんだろう。

「なぁなぁ。せっかくだから、このことは秘密にしようぜ!」
「このこと…ですか?」
「保健室にふたりきりってこと!滅多にないだろ?だからさ!」
「?」
「まわりにべらべら話すの、勿体ないじゃん」

 だから、と言って、左手をずいと出された。いたずらっ子と寸分違わぬ笑顔で、伸ばしにくそうな薬指だけをちょこんと伸ばす。
 意図を見抜けず戸惑っていたら、指切りだよと言われた。

「約束、」



内緒で繋いだ薬指、先



 後日。
 指切りは小指でやるものですよ。と言った私に、先生は知ってると、はにかんで返した。
 保健室での小さな約束を、私は大切に守っている。



(091101)

企画:)箱庭様に提出。
参加させていただき、ありがとうございました。

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