ペンを置いて日誌を閉じて、ぐぐっと背を伸ばす。時間を確認し窓のあちらへと目をやれば、ちょうど空の色が変わり出したころだった。

 快晴の広がったお昼の天気そのままに、雲が見当たらない。
 今晩は天体観測日和だな。あいつらを誘って、屋上庭園へ行ってみようか。

 とりあえずは日誌を提出しに、職員室へ行かなければ。
 椅子を引いて立ち上がろうとした、その時。赤みがかり掛けていた視界が、いっきに真っ暗になった。
 顔の上半分に、人肌のぬくもりと感触。目隠しに他ならない。

「だぁーれだっ」

 と、言われましても。

「……俺の大切な恋人です」

 そんなの、可愛い声でバレバレなわけで。
 やんわりと両手首を掴んで外れたところで引き寄せ、振り向きざまにちゅっと唇を奪った。このいたずらっ子め。目には目を、いたずらには本気の、特別ないたずらを。

「ちょ、いきなりは反則!」
「おまえの目隠しもいきなりだっただろ?」
「う…、反論できない…」

 悔しそうに眉根を寄せつつ、彼女の顔はだんだんと暖色を帯びてゆく。まるでたった今移り変わろうとしている空のようだ。
 次第にオレンジに、赤に。ただし闇が降りることはさせないけれど。

 「夕日、綺麗だね」と取って付けられた言葉に、ほくそ笑みながら相づちを打った。おまえの頬とそっくりな色してるなんて言ったら、照れてさらに色濃く染まる。

「可愛いなぁもう」
「…恥ずかしいから、あんまり言わないで」

 それでも可愛いを連呼する。「錫也のいじわる」目線を逸らしてブレザーの裾をきゅって掴むのも、だいぶ反則だと思うぞ?
 ――反則には、罰則を。

「あっ、ん…」

 さっきの啄むのとは違う、もっとどきどきするような。深く、丹念に。
 これもいじわるだと捉えられるだろうか。手を添えた首筋に走る脈動が、一段と早くなった気がした。皮膚の奥の血流が、鳴って。生きてるよ、生きてるよと報せてくれる。

「…それじゃ、そろそろ行きますか」

 柔らかな唇を名残惜しみながら解放した。咄嗟に口元を覆った彼女の表情は、もう夕日と校舎によってつくられた影でよく見えなかった。

 明暗がはっきりしているうちに、一旦寮へ帰ろう。もちろん彼女を送ってから。その前に職員室へ寄って。
 手を差し伸べれば重なる手。指と指とを絡めて、恋人繋ぎ。
 小さい手を、華奢な指を俺の手で包むように。

「今晩、天体観測しようと思うんだけど」
「わ、私も行く!」
「うん。わかった。8時ごろ迎えに行くよ」

 暗がりでも、繋がれた手と、上擦った声で表情が見える。赤かった顔に、笑顔が加わった。

「あのね、あのね、」
「うん?」
「いじわるな錫也も、好きだよ?」

 ぼぼっ。脳内で爆発音。
 今彼女以上に赤い顔は、彼女に見られることはないだろうに。
 廊下に出る一歩手前、顔を見られないよう念のためと銘打って、再び唇を合わせた。


 あ、日が落ちる。


幸せの



(090924)

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錫也/放課後の教室/甘で攻め

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