あいつは高校生で、俺は担任の教師だ。
 その事実は変えることなんてできないし、変えたいとも思わない。

 俺がこの学園で教師をしていたから、入学してきたあいつに出逢うことができた。
 あいつがこの学園を選び受験し、みごと合格を果たしたから、教鞭を執る俺と知り合う機会を得た。

 たとえば俺が教師の道を志さなかったら?
 あいつの星への興味が人並みだったら?
 どこかで選択を違えた時点で、会話を交わすことなく、顔さえ知らず、お互いの存在を認知しないままに今の時間を過ごす未来へと転がっていったはず。

 結果として、今に行き着いた。それだけであって、他のなんでもない。

「先生なんて嫌いです。立場だけで関係を限定しなくちゃいけないなんて、…ヤです」
「……その立場のおかげで、俺たちは互いを見つけられたのに、か?」
「………所詮、キッカケに過ぎません」

 陽日先生が私の先生なんて、嬉しくありません。

 あいつの口から恨まし気に落とされた言葉に、胸がチクンとした。
 嬉しくない…か。
 それは俺を否定するものであり、俺との関係を拒絶するセリフ。

 言ってしまってからしまったと思ったのか、ごめんなさいが追いかけてきた。

 ごめんなさい。ごめんなさい、酷いことを言って。先生の気持ちを考えていない発言でした。嫌わないで。わがままばかり言ってごめんなさい。本当は分かってるんです。いけないことだって。正しいのは私じゃなくて、陽日先生だって。全部、全部。
 でも、…でもお願いです。

 途中からダムが崩壊したように涙を溢れさせながら、俺の前に立つあいつが泣いている。ひっく、ひっくと嗚咽を混じらせ、ぼたっと音を発てて涙で床を濡らす。

 俺が彼氏なら、その涙を拭って抱き締めるのに。嗚咽ごと唇を食べて、泣き声をすべて飲み干してあげるのに。

「せ、せんせぇ…」

 "先生"に赦される行為は、子どもの髪を撫でて宥めるだけだ。
 泣かないで、と無責任なことは言わず、話を促して聞くことだ。

「せんせいが、すき」
「…うん、」
「すき、すき、」
「うん」
「おねがいだよ、せんせい。"好き"をくれなくてもいいから、受け取ってよ」
「…ああ。そうだな」

 教師と生徒の恋愛なんて、漫画の中の話。俺には縁が無いって思ってた。
 歳が近い女の子たちにさえ滅多にモテなかった俺が、社会人になった今、制服を着ているような歳のコの恋い焦がれる対象なんて。

 ましてや俺自身がそのコに懸想しているなんて。

 まったく笑えない話。

「すきです」

(好きだ)

「嫌いなんて大嘘です。先生をしている陽日先生も、ホントはだいすきなんです」

(制服を着ているお前も、立場も年齢も何も関係なく)

「好きな人に迷惑はかけたくありません」

(好きだからこそ、)

「…だから、次の告白は卒業式にします」

 へらりと綺麗に笑った次には、あいつは生徒の顔をしていた。

 おもむろにぐちゃぐちゃの顔を拭って、すぐさまカバンを肩に掛ける。
 俺が何か言う前に、「せんせ、また明日!」と小さく、何気無く叫んで教室を出ていった。俺ひとり残して。

「…俺も、――」

 ポツリ。俺の小さな決心は、放課後の教室に拡散した。

 あいつは強いな、とか。自嘲に似た感情に唇が震える。

 壁の向こう、あいつはまた泣いているかもしれない。だからといってただの先生の俺に追いかけて慰める権利はない。掛ける言葉もわからない。

「…ああ、そっか。こういうことか」

 俺の生徒は、"せんせ、また明日"と言ったんだ。

「許せよ。一度だけ、ただの"陽日直獅"ならいいだろ」

 今日の先生と生徒は、別れの挨拶を済ませたのだから。
 つまらない屁理屈を取り出して、少しだからと自分に言い訳をした。

 教室を飛び出して走る、走る。見つけた後ろ姿の、くん、と切なく跳ねた肩を抱き締めた。

 頬を流れた一滴が俺の服の袖に染み込むのがわかった。やっぱり、泣いてたんだな。

「は、陽日せん、せ…」
「今だけ、今日だけ、お前が泣き止んでくれるまでだから。一瞬先生やめてやる」
「…ありがとうございます。せんっ、…なおし、さん」

 明日になったらこの場所で、また先生と生徒をしよう。

(090906)
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