ずるい、と、やたら綺麗な顔に云われた。

 ずるいズルい狡い、あなたはなんて。

「ズルいですよね」

 その余韻は、どこか同意を求めていた。彼と私しかいないはず空間で、私以外の誰かに。

 笑顔で唐突に。柔和な容貌と裏腹に、吐き出されぶつけられる詞たちはひどく鋭い。
 冷たい。丁寧な口調だからこそその武器は効果を増し、私の胃の辺りを無惨に抉る。

「自覚のなさが恐ろしい」

 恐ろしいのはアナタだよ。その証拠に、鳩尾を押さえる右手にはうまく力が入らないし、だらんと垂れ下がった左手には鳥肌が立っている。
 気持ち悪い。触っているわけでも、見たわけでもないのに、自分の肌が粟立っているのを感じる。

 鮮やかでいつもなら暖かい印象を与える髪の色が、今はさながら錆色だ。感情とは色彩感覚までも網羅しているらしい。
 タイムマシンがあったなら、ほんの一時前まで綺麗だなぁなんて悠長に眺めていた私を粛正しに行きたい。
 明日にでも翼くんに言ってみようかな。

「聴いてるんですか」

 ガンッッ!
 逃避はさせない、そう告げるかのように、顔のすぐ横の壁が殴られた。
 拳を向けた彼だけが顔を歪めるから不思議だ。端正な地に、苦痛が交ざる。

 壁に宛がったままの手を包もうか。それとも、据わり掛けた彼の瞳を見つめようか、逸らそうか。いっそ押し退けてみようか。
 何を選択して実行しても、降りかかるのは同じ単語だ。
 だとするなら…。

「……ずるい…ですよ、あなたは、ほんとうに…」

 うん。
 そうかもしれないね。

 ささやかにウェーブのある髪を撫で付けた。自身の目線よりだいぶ高い位置だから、変な感じがする。
 恐怖心とマーブル模様を組み立てる、この恋慕はなんなんだ。
 怖い、のに。それに勝りそうな勢いで情が湧く。

「はっきりしてくださいよ」

 誰が好きかなんて、生徒会室にふたりっきりになって流れでこんな話題に入ってしまって。訊かなければよかった。彼がこんな話題に過敏に反応すると思わなかった。
 あなたは?なんて切り返しを予想に入れていなかったことも原因だ。
 みんな好きだよと誤魔化した私に、僕の一番はあなた一人なのに?と予想外を重ねてきた彼も。

「不言って、一番残酷だと思うんです」

「鈍感も、無知も公平も。…でも、そう考えていくと…」

 墓地にポツリと咲く彼岸花に似た儚げな微笑から、露が落ちた。彼から浮き出た毒素が、私に伝う。

「あなたって、残酷のかたまりですね」



血漿アルカロイド



 彼の涙を呑んだ私は、毒に惹かれ、やがて依存することを覚った。
 彼の首に腕を回し、愛しい目尻に溜まった露を貪欲に舐める。それでもまた溢れるようなら、私が貰ってあげるよ。アナタの毒ならいくらだって。
 それで気が済むのなら、私を残酷だと罵ってもいいよ。

 大丈夫。アナタもおおかた、残酷だから。

(090828)
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