生きていくためになにが必要か。授業中、そんな話題が出た。
で、ロードワークでもしながら考えて来ることーみたいな展開になった。
ぬーん、例えば、宇宙に行くとしよう。俺らは宇宙科だしな。
一体何が必要か。
ざらと思い浮かぶだけでもたくさん出てくる。
空気だろ。水と食糧だろ。宇宙服に宇宙船。宇宙船には名前も必要だなあ…。翼48号とかどうだろ?ぬははー!…ま、そこらへんは後で考えればいっか。
実験道具とか研究道具とか開発道具も持っていきたいし、あ、前髪止めんのもいるよな。
あとはあとはー、
「翼君?」
「そう!書記がいる!」
「…なんの話?」
後ろから投げ掛けられて、やっと気づいた。ぬんぬん言ってる最中、彼女の前を横切っていたらしい。目を瞑って走っていたせいもあるかもしれない。
どっちにしろ、不覚であります。
「生きていくのに、何が必要かーって話!」
ロードワークを中断して、近くのベンチにまで彼女を引っ張った。
初めて触れたときと変わらず細い腕だ。無重力空間に連れ込んだら、ポキリって簡単に折れちゃいそう。
「なぁに、それ」
「宇宙は広いから、俺が翼48号に乗っていったら、地球にいる君とは離れちゃうだろ?」
「うん?48、号?」
「そしたら、何ヵ月も会えない」
「そうだね」
「だから、書記不足になった俺はだだっ広い真っ暗闇の中でひとり、死んじゃうんだよ」
「……どうして?」
「ぬーん…、だって俺さ」
ぷちゅって、隣に座る柔らかな唇の感触を、俺の人差し指で奪った。少しヒンヤリとしていたのは、書記の手の中で汗を吹くペットボトルの仕業だろう。
引っ込めた指の平を嘗めたら甘かった。
「寂しくて死ねるから」
「翼く、」
前は独りなんて、大したことなかったんだけどな。好きなことが出来ていれば、それでよかったのに。
この基準でいけば、宇宙に行くことは好きなことに分類される。
じゃあ彼女は?独りは寂しい、それを教えてくれたキミはなに?
欲しいものと要るものが別物であるのと同系で、好きなことと必要なことは違う。じゃあ、必要なことに分類しちゃっていいのか?
…うん。いいんだ。
必要なこと。俺にとって、必要で大切なヒト。
あ、でも……。
「君を宇宙に連れ出したら、俺が殺したことにならないか?」
「さ、さっきから物騒だよ」
宇宙船の中で書記を抱きしめたら、息が途絶えました。なんてまっぴらだ。
かといって筋肉ムキムキの書記はもっと嫌だ。やぁらかいのがいい!
というわけで。
翼48号開発の前に、俺は無重力の中に重力を生み出す研究をしなくちゃならないらしい。
彼女を手放さなくて済んで、なおかつ殺さなくて済むような。
地球じゃなくて、俺に向かう。
一生消えない絶対引力を。
(090826)