最近、先輩は確信犯なのではないかと思う時がある。
 ふとした瞬間に心臓が悲鳴をあげるようなことをするからだ。

「梓君、梓君」
「なんですか?」
「これと、これで迷ってるんだけど…、梓君はどっちがいいと思う?」

 洋服のついでにもう一品買わせてしまおう。
 そんな戦略で列べられているだろう小物の棚の前から、先輩が僕を呼んだ。
 アンティーク調のネックレスだったり、金糸の装飾が豪華なスカーフだったりが見栄えよく置かれている一画だ。

「どれです?」

 にこにこの先輩のもとへ行くと、これ、と両手に一個ずつ商品がのせられていた。これは何と言ったっけ。
 そうだ。

「シュシュ…ですか」
「うん。可愛いなーって」

 ふたつの商品を見比べる。
 ひとつはフワフワな乳白色のレース地に、ビーズ(値札にはスワロフスキーと書かれている)が品良く散らされたもの。
 ひとつは二三種類の小花柄の生地が、パッチワーク状になっているものだ。
 …どっちも可愛いし、先輩に似合うと思う。思う、が、それでは答えにならないだろう。

「私、一個も持ってないの。これなら勉強する時に髪をすぐに纏められるでしょう?」

 確かに。先輩が髪を纏めている姿なら見たことはある。
 しかし、いつも飾り気のない最もシンプルなものだったっけ。

「それに、この前選んでくれた浴衣にも合うかなって」
「ああ、あの浴衣ですね。だったらこっちの花柄のほうが…」
「そっか…。うん、いいかも!」

 「こっちにするね」と選ばなかったほうを棚に戻して、笑顔でレジに向かう先輩を見送る。
 今更ながら、両方買えばよかったのでは?と思ったが、色違いで置かれていた商品を手にとってみて納得。庶民学生の価値観からすれば、いくつも買えるような値段じゃない。

「…て、僕がプレゼントしてあげればよかったんじゃないか」
「おまたせ。?梓君、今何か言ってた?」
「あ、いいえ」

 不思議そうに小首を傾げる先輩の手をとって、次は何処に行きますか?なんて話題を変えた。

 そろそろ日が傾いてきたから、楽しいデートも終盤戦になる。とりあえず歩こうという流れの中、先輩が足を止めた。

「先輩?」

 どうかしましたか。声を掛けようとして、先輩がすぐ横のお店に気をとられていることがわかった。チープなアクセサリーショップ。

「…失敗、しちゃったかも」
「え?」

 このお店に、同じ商品を見つけたというのだろうか。
 だとしたら確かに失敗かもしれないが、さっきの店はセレクトショップだ。その可能性は低い。

「先に見てればよかった…」
「似たものがあったんですか?」
「ううん、そうじゃなくって。あれ」

 と、先輩が指差す。その先にはやはりシュシュの群れ。

「先輩、どれだかわかりませんよ」
「あの一番角の…」

 近づくことも出来ずに落ち込んでしまっている先輩を引っ張って、店に足を踏み入れた。
 これ、と再び示されたシュシュは、先程悩んでいたふたつとは大分雰囲気が違う。
 僕の表情から何か読み取ったのか、先輩が「あのね、」と続ける。

「なんだか、梓君のリストバンドと似てるなって」
「…え?僕の、ですか…?」

 青と白と赤の大雑把なストライプ。
 なるほど、色味や配色位置がそっくりだ。

「お揃いみたいでステキじゃない?」

 ちょっと照れた笑顔が向けられる。予想もしていなかった先輩のセリフに、どぎまぎしてしまった。
 これで無自覚だとするなら、先輩は天然物の小悪魔だ。僕が嬉しく感じることを簡単に言ってしまえるのだから。

 あー、でもお小遣いがなぁと悩み出した先輩を尻目に、僕はそのシュシュを掴んでレジに直行した。
 先輩が買ったものの3分の1にも届かない値段のものなのに、先輩はさっき以上に喜んで僕にありがとうと言った。

「梓君!」
「はい」

 店を出るなり、小袋から出したシュシュで先輩は髪を横に纏めてみせた。無邪気な笑顔で、今度は先輩から僕の手を握られる。

「えへへ、お揃い」
「…っ、あーもう!」
「え?」
「先輩大好きです」

 勢い任せに抱きつけば、ひゃっとあがる可愛い声。真っ赤に染まった顔や耳とは対称的に白いうなじ。
 香水なんて付けていないはずなのに、何故か感じるいい香り。

 この際、先輩なら確信犯でもいいや。

(090731)100505加筆
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