あと一口分ほどしか残っていない、短い付き合いだったアイスを眺めてため息ひとつ。左側に並んで寄り掛かっている白鳥と小熊も俺のため息に遅れること数コンマ秒後、「はぁー…」と同じように重い一息を吐ききった。

「あっつい」
「ですねぇー」

 弓道場の熱気もさることながら、光景が暴力的だった。
 我等が弓道部の紅一点、もっとはっきりさせて我が校唯一の女生徒が、後輩と楽しそうに会話しながらアイスを舐めている。『後輩』という表現は俺たちにとってであって、彼女視点でならば他に『彼氏』や『恋人』なども追加されるやつだ。

「先輩、早く食べないと溶けちゃいますよ」
「う、うん。そうだね」

 垂れてきた部分を上に向かいチロチロ受け止める姿はちょっとヒワイだ。がんばってます感がまたイイ。

「ほら先輩、こっちも」
「あっ…手に垂れちゃった」

 空色にミルクを垂らした色合いのそれは、俺達が食べているものと同じ商品のはずなのに、まったく違うオーラを振り撒いていた。ちくしょうめ、アイスまでキラキラに光って見える。

「しかたないなぁ。貸してください」
「あああ梓くん…!今、舐め、た」
「はい。舐めました。」
「私の…アイス…」
「うわ真っ赤だ。ふふっ…先輩も溶けちゃいそうですね。舐めてもいいですか?」

 何が違うんだ。そんな馬鹿らしい問いかけをわざとらしく自分にしながら彼女とアイスのセットを凝視していると、その隣の彼氏さまが俺の名前を呼んだ。

 弓道場内に蜃気楼でも発生しているのか、俺の脳神経の中では、たかだか四、五メートルの距離で海外中継並みのタイムラグが生じている。

「何見てるんですか」

 余裕を演出するため、俺はたっぷり時間を掛けて最後の一口を味わった。
 はい、ごちそーさん。

「いやぁ?今日もアツいなーと思ってさ」
「俺まで溶けそうだと思ってさ」

 若干涙目の可哀想な男が後に続く。先輩だからこそのなけなしの意地か。
 その様子からして、白鳥は溶けるより先に干からびるだろ。言ったら泣き付かれそうだからやめた。

「…僕、夜久先輩しか舐めませんよ。舐めたいのは先輩だけですから」
「な…っ!」

 言うねぇ、なんて感心までしそうになったとたん、ベシャっとヤな音。なんとなく察しはついていたが、ゆっくりと首を向けた。
 あ。落ちたのは白鳥のアイスだった。当の本人は泣きながらフリーズしている。
 食べ掛けのアイスを落としてしまったからではない。フリーズしたからアイスが落ちたのだ。アイスの代わりにお前が固まってどうする。

 小熊は小熊で、むき出しの素足にまだ冷たいアイスが落ちてきたものだから、「うわっ」と小さな悲鳴を上げた。

「…ドンマイ」

 この場に宮地がいなかったことだけが救いなのか、敗因なのか。

 もし鬼部長が顧問のもとへ行っていなければ、「はしたない!!」とか言い出してもっと騒ぎが大きくなったに違いない。
 俺はここでそのIFを断言しよう。間違いなく確実にそうなっていた!

「犬飼せんぱぁい」

 まだ可愛いげがあるほうの後輩が、俺を見上げた。足を指差して冷たいですと涙声。

「あー、洗いにいくか。ほら、白鳥も手、ベトベトだろ」

 この場にひとりだけ放置するのは忍びない。
 長身の首根っこを掴んでずるずる引き摺るように運ぶ。片足が汚れた小熊には肩を貸してやった。

 負傷者二名。何も考えず負けん気だけで突っ込んでいったやつと、その流れ弾をくらったやつ。ちなみに俺はジャブしか入れなかったからなんとか無事だ。

「小熊くん大丈夫かな…?」

 目を逸らした方から声が聞こえる。よかったな、小熊。不本意だろうがおまえは心配してもらえてるぞ。

「今日の水道水はびっくりするくらい温かいでしょうから、心配いりませんよ」
「そう?」

 それは熱湯っていうんだ、騙されるな夜久。
 この猛暑だ。外の水道から出るはじめの水は、温度が異常に高いから気を付けなければいけない。

「それより先輩の手のほうが大変です。…じっとしててくださいね」
「え?っ、ちょっと…ひゃ」

 あっついふたりを背後に残し、俺は弓道場の出入口を閉めた。隣で肩を揺らす親友にはこの際慰めの言葉を掛けておく。
 どうせならエアコンの効いた職員室まで宮地を迎えにいくか。

 だからもうおまえら勝手にやってろ。


つきあってられない



(100911)


リクエストありがとうございました。バカップルてなに?状態ですが、3バカめいいっぱい使って誤魔化s進めました。梓がただのヘンタイヘンタイヘン。
お待たせいたしました。リクエストしてくださった愛理さまのみお持ち帰り可能です。

香夜

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