気まずい。
 今の心境をひとことで表すなら、これに限る。ちなみに二言目には気まずい。三言目にも気まずい、だ。

「まだ出掛けてるかな…」

 昨夜倒れて朝に意識が戻った時、私はベッドにいた。冷静になって振り返ってみると、起きた時の目覚まし代わりはドアの音だった気もする。

 のそのそリビングに出てみれば、テーブルの上に朝ごはんとお弁当が置かれていて、窓の下からバイクのエンジン音が聞こえたのだ。私に気を効かせてくれたのか、単に仕事だったのか。

 錫也は穏やかに見えて普段笑顔だが、何を思って行動しているのか掴めない。あの顔の下で舌打ちとかしてたらどうしよう…。――ないな。イメージと現実が噛み合わなさすぎる。




 リビングにはソファーに腰掛けた錫也がいた。
 帰ってきていたのか。朝も早かったし、やっぱり今日は俗に言う早番だったのかも。

「た、ただいま」
「………」
「錫也…?」

 いつもなら『おかえり』と返される声がしない。些細ないつもとの違いに、不安に思い正面にまわって覗いてみれば、こくり、無造作に首が傾いている。眠っているようだった。すぅすぅと、僅かだが寝息がしている。…きれいな寝顔。

「……昨日はごめん。あと、ありがとう」

 眠っているなら、変に気構えなくてもいいよね?
 気持ちのままを自然に口にしてから、私は自分が何を感じていたのかを知り、そしてその答えに驚いた。顔を合わせることさえドギマギしていた錫也に対し、お礼が言いたかったらしい。

 混乱していて、埋もれてまとまらなかった気持ちはこれだったのか。
 確かにあれは恥ずかしかったし、申し訳なかったし、これからどういう顔で話せばいいのか悩んだ。けれど私の顔なんて、瞳の閉じられている今の錫也には見えていない。気にする必要もないんだ。

 そこに残ったのは、不用心に開けてしまったことへの謝罪の気持ちと、倒れた私をちゃんと運んでくれたことへの感謝の気持ち。それから、とっさに判断して口を塞いでくれたこと。
 なんだかんだであの時錫也がそうしなければ、私はご近所さんにまで恥をかいていたのだから。それに大家さんにもからかわれずに済んだ。これって大きい。

 最悪な想像通りでない現状に、ふふっと笑い声が出た。ひとり考えたことで笑うなんて、傍目には気持ち悪いんじゃないだろうか、今の私。

「あ、そうだ。もうひとつあった」

 言いたいこと。――でも、これは起きてから直接言ったほうがいいかな。わざわざ眠ってる相手に言うことじゃないかもしれない。
 所詮ただの独り言だもの。

 …だけど口にする分には減らないし、また伝えればいいか。今言いたいと思ったことだから、今のうちに一度言っておこう。こういうことは言いたい時に言わなくては。

「お弁当、おいしかったよ」

 それだけなんだけどね、とまた笑った私の視線の中で、錫也のまつげがピクリとした。

「…おそまつさまです」







「……起きてたの?」
「月子が俺の名前を呼んだ時に…実は…」
「…聞いてたの?」
「まあ…俺の方こそ、気絶するほど見たくないもの見せて、ごめん」
「見てません!!」
「…あ、うん。それと、食べてくれてよかった。昨日の今日だし、弁当、どうしようかと思ったんだけど…」
「ごちそうさまでした。すごくおいしかったよ」
「そうか」
「うん」
「……ありがとな」
「? 私こそありがとうだよ、錫也」

☆とろけだした午後
(100214)

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