食器を片付け終わったところで、ソファーの上に放置されたドラッグストアの袋が目に入った。
錫也の買い物だから、中身は見ないほうがいいよね。…んー、でも置きっぱなしなわけだし、いつもごはん作ってもらっているんだから、片付けくらいしてもいいでしょ。
軽い気持ちで中を見てみると、シャンプーの詰め替え用が出てきた。『お買得!』なんてシールが存在を主張してて、主夫を感じる。 けしてそれが悪いとは言わない、けど、私よりひとつ上っていうわりには家庭的というか、お嫁さ…旦那様に欲しい属性というか。
そういえば、シャンプーがきれたから明日買ってくる、という会話を昨夜しなかっただろうか。逆さまにして最後の一滴まで手のひらに落としたことを覚えている。それでどっちが買ってくるかでちょっとした口論になって、結局覚えていたほうが買ってくるってことでまとまったんだった。……すっかり忘れてた。
朝の、『昨日の話だけど、やっぱり俺が行ってくる』ってそういう意味だったのか。急いでいて聞き流したことを、今さら咀嚼した。
(でもここにあるってことは……、肝心な時に忘れてる?)
しっかり者でも、抜ける時はあったらしい。数分前にお風呂に向かった錫也を思う。 昨日のでホントに空っぽになっちゃったし、シャンプー、なくちゃ困るよね?
持っていこうか。「錫也ー、」シャンプーを渡そうと脱衣場への引き戸を開けて――
「月子ー、わるい、ソファーのところの袋からシャンプー取ってくれ…て、え?」 「っ!」
浴室の扉を開けた彼と鉢合わせた。錫也も錫也で驚いたのだろう。真ん丸に見開かれていく目が、私の鏡のようになっていて、視線が反らせない。(むしろ反らしたらダメだ。)うあ、ちょ、き、ききキ…!
「ンゴっ」 「〜ッ、叫びたい気持ちはわかるけど、近所迷惑だから」
私の口が完全に引き結ばれたところで、濡れた手のひらが宛がわれた。声が出るか出ないかの瀬戸際、一瞬の出来事。触れているところが熱い。錫也の手が火照っているんだと思った。 熱に当てられてくらくらする。大きな手に鼻まで覆われて、モゴモゴしてしまう。
「…静かにできる?」
まるで「いいこにできる?」と子に諭す物言いに、苦しさにかまけてこれでもかってくらい頷いた。できる、できます、いうことききます。だからおかあさん、かいほうしてください。くるし、あつい、はずかしい、苦しい、ハズカシイ、も、ギブアップ、です。
「…月子?おい、月子!?」 「はひ、ふへ、ほ…」 「………」
☆凍えた熱帯夜 (100206)
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