「こんにちは」 「あ、夜久さんですか?」 「東月さん、ですよね?」 「はい。はじめまして」
指定された駅前の時計広場。そこで連絡されたとおり帽子をかぶり、問いかけに振り返ったその人――東月さんは、私のささやかな想像に敵わない笑顔だった。所謂、さわやか。 でも上手そうだ、この人。雰囲気がもうものすごく器用そう。でも、だけど……
「………」
男の人だったなんて、想像の片隅にも置いてなかった。 事前のメールのやり取りで料理が得意なことは確認済み。だからこそ年上のお姉さんとかかな、と見当をつけていたのだけれど、偏りすぎた偏見だった。
それはものの見事に外れたわけで。だからこそ、目の前に立ち訝しげに首を傾げる東月さんは、どちらかといえば"東月くん"なわけだ。 ああ、でも確か歳上って言ってたからやっぱ東月さんで。
「……なるほど」 「? なんですか?」 「"女の人じゃなかったんだ"って顔してる」 「ええ!?」 「お。当たった?」
やっぱりな、と苦笑。墓穴掘られたのか、今の。
男の人には失礼な単語だと思うけど、さりげなく口にあてられた拳とか、その延長線上の細い腕とか、女の子みたい。私とは対称的におとなっぽく落ち着いてて、ちょっと劣等感まで抱いてしまった。
やっぱり料理が出来る人は違うと思った。それだけの差か、というツッコミは、この際結構です。
「いいの?」 「えと…、なにが?」 「何って、俺、男だけど」
見ればわかりますって。そりゃあ、落ち着いてて素敵だな、くらいは思いましたが。 今度は私が首を傾げると、彼は困った顔をした。
「年頃の女の子が男と同じ部屋で暮らすって、世間的にみても主観的にみても、どうかなって」 「…でも、部屋を借りられなくて困ってたんですよね?」 「それは…まあ」 「大丈夫です。私も困ってたんで、それを助けてもらえてお互い様です」
ご飯とかご飯とかご飯とか、お金とかお金とか。
私が作ると、黒焦げだったり生だったり、未知の食感だったり。食物も毒と化すのだ。ゴキュシュ、ゴキュシュ、なんて歯応えは、今後一切遠慮したい。
それに、大丈夫だと思える要素ならある。
「東月さん、」 「ん?」 「東月さんて、お母さんみたいですよね」 「………え」
年頃の女の子云々の辺りが、エプロンの似合う美味しい匂いがしたのだ。
東月さん本人はちょっと嫌そうな顔を見せたけど、気にしない。 これ、決定打です。
☆アルカディアは遠い (100130)
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