「そういえば、錫也の誕生日っていつ?」 「…昨日、だったかな」
朝のニュースで、今日誕生日の有名人の名前がテロップで流れていたから。 星占いがやっていたから。 何の気なしの質問だったのに、返ってきた回答は穏やかに受け取れなかった。
昨日? き、き、昨日?
「なんで教えてくれなかったの!?」
思わずテレビの電源を落として詰め寄った。
玉子焼きを手際よく形づくる錫也は、驚き焦る私に反してあっけらかん。 そんなに気にすることでもないだろうと、今度は味噌を溶かし始める始末。 耳半分な感じが少し不快。なんで少しって、入ったキッチンに広がる朝ごはんとお弁当の香りと彩りにごっそり意識を持っていかれたからだ。 男心は胃袋から掴めという言葉があるけど、私は口に入れる前に目と鼻で捕まってしまう気がしてならない。――なんの話だろうこれ。
「この歳になって“いついつが誕生日だからー”って話を自分からする奴も、そうはいないと思うぞ」 「それは……確かに」
正論には勝てない。 錫也は最近めっきり、どう言えば私が退くかを把握してきていた。むしろ掌握かもしれない、なんて。
以前うっかり聞いてしまった大家さんの呟きがふと思い出された。 「錫也…おそろしいこ」 いまいちワケがわからなかったあの時とは違って今なら察せる。たぶんこういうことだ。
「味噌汁の味見するか?」 「する!」
嬉々として受け取った汁はよくダシが利いていて美味しい。朝イチの至福おはようございます。
カラになった小皿を返すと、錫也がくっくっと肩を振るわせていた。
「なに?」 「いや…ちょっと、面白いなって…なんでもないよ」 「なんでもないって顏してない!」
お玉を投げ出して、お腹に手をあてて笑っているのだ。 笑われている対象は考えるまでもなく私だろう。だってテレビは消してきたし、ここには私と錫也しかいないのだし。
まったく失礼だ。
「ごめんごめん」
かわいくてさ、とか言ってお玉を持ち直した錫也はまだ笑っている。 そんなセリフで吹っ飛ぶと思われていたら心外だ。 というか、日に日に錫也が口にする言葉ひとつひとつに甘く香り付けがされている錯覚が強くなっている。 ……騙されないけど。
一頻り笑ってやっと落ち着いてきたようで。 錫也はふぅと息を吐いて、一口分の汁を掬って小皿に注いだ。
「ちょっと錫也なにして…」
私が返したお皿に。
「味見だけど」 「……ッ」
口をつけた。
私が使った食器! また抗議をしそうになった口を、今度はすんでで押し止めた。 何を今さら気にすることがある。毎日一緒のテーブルで食事し、時には同じ皿へと箸を伸ばしているではないか。
気にしたら敗けだ。 敗け……バレンタイン以降、いや、もしかしたらそれよりずっと前からかもしれないが。すでに敗北しっぱなしだったりして。 だってだって、私の胃どころか鼻口から食道までがとっくに――
「笑ってわるかったよ」
仕方ないなぁと、本当に可愛くて仕方ない赤子を見るような目を私に向けるのだ、この人は。
「夕飯は月子の好きなものにするから、機嫌なおしてくれる?」 「私のじゃなく錫也のなら」 「はいはい」
そしてその夜に並んだのは結局、一年掛けて錫也が知り得た私の好きなものばかりだった。 それと大学の帰り道で買った、小さなホールケーキ。
「月子が美味しそうに食べてくれたものが、俺の好きなものだよ」
唖然として何も言い返せなかった。 お祝いの言葉と歌、それから二人前のチョコレートケーキと私の好物たち。
「そういえば月子の誕生日はいつなんだ?」
その時もお祝いしようなって、当たり前のように笑っている錫也だから。わざとむくれてみせるくらいしか出来ない私は、勝てなくて当然、だよね。
☆星は巡る、私は踊る (110701)
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