「もっとくっついてもらえますか? ああそんくらいで。イイカンジ」

 カシャカシャッ。
 シャッター音が次々に切られて、『私』が記録されてゆく。

 腰から流れ落ちるように広がる黒のシルクを揺らめかせながら、私は背中越しにレンズへと視線を向けた。

「まだ…ですか?」
「あと3枚欲しいわ」
「…リョーカイ」

 切なる懇願は琥春さんによってばっさりと切り捨てられ、カメラマンさんは返事をする。

 突然"結婚式"と琥春さんに告げられ驚かされたが、結婚式のパンフレット用の写真撮影に協力してくれ、ということだった。
 なんでもこども電話相談室の仕事はほんの一部で、会社経営もしているらしい。今回立ち上げる、ウェディングを一括で請け負う事業のプロモーション、そのための一般人モデルが欲しくて私を呼んだ。そんな背景だったらしい。

 そういう内容の仕事は、一般人から選ぶならそれことカップルの方がいいんじゃないかとは聞いてみたが、
「撮影中だけ恋人同士になってくれれば構わないから」
と言いくるめられた。つくづく琥春さんには弱い。

 ここまで来てさらに着用させられてしまったからには無下にもできず、今私と琥太郎さんはフラッシュに晒されている。

 失礼ながら破天荒な姉の影響だろう。弟の方は姉と一転して、こと姉のすること為すことに対する諦めが早かった。

 私と腕を組んでポーズをとる琥太郎さんが、申し訳なさそうな顔で私を見た。
 お互いサマじゃないですか、気にしてませんよ。
 アイコンタクトで伝わったのか、クスと小さくやさしく笑ってくれた。
 うわ…やっぱり美人だ。
 プロの女性モデル顔負けの自然な笑みに、思わず見惚れてしまう。

 すかさずひとつ鳴るシャッター音。琥太郎さんの端麗な微笑に反応したのだろう。
 …ただし、今の私ぜったいマヌケな顔してた。せっかくの琥太郎さんのショットを無駄にしてしまいました。申し訳ないのともったいないのとがいっしょに顔に出る。
 いけない。集中集中。

「……そろそろ休憩入れて衣装替えしません? 巻いてもらわないと俺、次の仕事があるんすけど」
「あらそう」

 奔放主義とはいえ時間をわきまえるあたりが一応上の人間だ。
 即座に休憩が言い渡され、琥太郎さんと私も下がった。





「よろしかったら」
「ああ。もらう」

 着替えを済ませ、いったん腰を落ち着ける。先に座っていた琥太郎さんに紙コップに入れたお茶を差し出した。

「ンぐっ…」

 不思議な不可解な声。琥太郎さんの喉からだ。

「どうしました?」

 これが漫画なら額から縦線が描かれていそうな顔の琥太郎さんが、苦い、と呟いた。
 どうやったらこんなに……、とも。

「普通にパックとお湯で…」

 説明を始めた直後に再開の合図がかかる。
 ゆっくり喉を上下させた琥太郎さんを支えて、私は彼の言わんとしたことを受け取らないままカメラの前に立つのだった。

☆知らぬが仏
(101017)

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