『甘い話には裏がある』 今回ばかりは痛感せざるをえない格言だった。
「ブルー?うーん、レッドは派手すぎるかしら。…あら!このレースづかい可愛い!」 「……」 「ねえ、琥太郎はどれがいいと思う?」
きゃっきゃっとガラス製のアンティークテーブルに布をならべる琥春さんを、私は実際はなれた距離以上に遠い目で見た。
『ごちそうしてあげるわ。高級人気レストランよ』
電話で告げられ、私はどきどきしながら服を選んで、アパートの前で琥春さんの車を待っていた。そして促されるままに後部座席に飛び乗って、到着したのはヨーロッパのお城を模した建物。 人気のあるホテルは外装も凝ってるんだなぁ、なんて考えた私は、すっかり騙されていた。
おいしいものはどこにも見当たらない。そこにあるのはきらびやかな布と、大きくて立派に縁取られた鏡だけ。
「ホテルのレストランに行くんじゃ…」 「このあとよ、あーと!…あ!やっぱり定番のオフホワイトは押さえたいわねぇ」
ひらひらきらきら、やけに高そうな布たち。「とりあえずこれね!」それからタキシードを渡される琥春さんの弟さん。 彼は名前を琥太郎さんといって、買い物の荷物持ちだとかなんとか言い負かされて連れてこられたらしい。そんな話を助手席に座っていた彼と交わしたのに、食事の後はショッピングかー…なんて。悠長すぎるでしょ、私。
「すみません、状況がよくわからないんですが」 「いーからいーから!」
その部屋で輝くのは琥春さんと布たちばかりで、私と琥太郎さんはまるで練習を重ねてきた芸人コンビのようにピッタリ同時、大きくため息をついた。
「おねえさん、普段からこうなんですか」 「…想像したとおりだよ」 「同情します」 「ああ。おまえにもな」
コソコソしたはずの内緒話は簡単に聞き取られたらしい。視線を戻したときに目があった琥春さんは微笑んだ。黒い、こわい、琥春さん、地獄耳!
「それともピンクがいいかしら。月子ちゃんは可愛いから、どれを着せるか迷っちゃうわぁ」
手にとったドレスと同じ桃色に染まった頬は、乙女そのものだ。夢見てる。いっそ夢であれば、私はこんな気疲れもしていないだろう。 うふふふ、琥春さんのその笑い声には含みがあるように聞こえて、私はひきつった笑いしか返せない。
「それであの…琥春さんはいったい何を…」 「あらやだ。もう察してると思ってたわ」
一拍おいて、ひとこと。
「結婚式に決まってるじゃないの」 「え?」 「誰のだよ」
「月子ちゃんと琥太郎の」
深い笑みをうかべた琥春さんが、まずはこれから着てみてね、と渡してきたのは、黒のふんわりとしたシルエットで、左胸元に白いコサージュがついたアシンメトリーのデザインだった。
結婚て…。初対面の人と、いきなりコンビになれと宣告されてしまった。
おいしいランチに羽が生えて、遠く飛んでいくのが見えた。マッチを買ってもらえなかった少女はなんて切ない思いをしたのだと、私は現実から逃避した。
☆ラッキーガールの誤算 (100912)
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