「いらっしゃいませ。いつもの席でよろしいですか?」
「うん。僕の隣だね」
「お前は働け、土萌」
「宮地は働き過ぎだよ」

 ヨウさんの言う"ウチ"とはすなわち"ウチの店"の略である。

 連れられて来た行きつけの喫茶店で迎えてくれたのは、店長のリュウさんだ。
 右手の平で支えるシルバーのトレイには、スモールサイズのパフェがちょこんとのっている。
 生クリームが多くみられるところがリュウさん流で、たっぷり盛らないと落ち着かないんだとか。

 彼とは対象的に、チョコレートソースをこれでもかと掛ける手法がヨウさん流。
 彼ら曰く、それぞれに「このほうが嬉しい」。自分の好み基準で出来ているという噂だ。

 この法則を知っている人ならば、どっちが作ったスウィーツか一目瞭然。それほどに極端だが素材がいいので、どんなに大量にデコレーションされても、甘過ぎずおいしくいただける。

 そんな店長さんこだわりの店の副店長が、ヨウさん。
 ふたりで運営しているらしいが、そのわりにはテーブル数が多く清掃も行き届き、味もなかなか。つまりは相応の能力があるのだ。と、私を含めた常連客は考える。

「新メニューができた」

 腰掛けたところで、『フェア開催中!』とカラフルにデザインされたメニュー表を渡されて、だからか、と思った。ほとんどのメニューを制覇してしまった私は、以前「新しいの作ったら教えてあげるね」とヨウさんに言われていたのだ。

「…あれから一週間も経ってないんだけどなぁ」
「俺も強引だと言ったんだが…、もしかして、予定があったか?」
「いえ!ノープランです」
「それにしたって、いきなりすまなかった。次からは土萌を見張るようにする」

 リュウさんは何もわるくないのに。謝られたこちらが恐縮してしまう。

 端整な顔の眉間にシワを寄せた彼に、気にしないでと新メニューを注文すれば、これまた申し訳なさそうに「新メニューというより、新サービスなんだ」とぼやいてカウンターに戻っていった。

「お待たせしました」

 数分後、コトッと静かに響かせてカップが置かれた。そのカップを上から覗き込めば、感嘆の声をあげてしまう。まさらな泡に、チョコレート色の線が走っている。ラテアート。ふわふわで、おいしそう。

「かわいい!」
「気に入ってくれたか?」
「はい!」

 取っ手を持ち上げ、模様を崩さないよう静かに啜った。甘やかないつもの、味。

 一旦口から離してもう一度見る。崩れてない、見れば見るほどにかわいい。
 不器用なリュウさんのことだ。相当練習をしたんだきっと。

「星が好だとて言っていたから、安易だがそれを書いてみたんだ」
「ありがとうございます」
「少しずつ練習していくつもりだが、何かあったらリクエストしてくれ」
「いいんですか!」

 それじゃあネコと…、嬉々として次々好きなものをあげてゆく私に、ちょっと待て最初のうちは簡単なものしかできないとリュウさんが焦る。

 その場に今度はおにぎりを描いたラテを持ったヨウさんが現れ、リュウさんは呆れ、私はおかしくて楽しくてさらに笑った。





「しかしあれだな」
「なんですか?」
「お前が言ったものが描けるようになったら、その分好みを知ったことになるのか」
「……え?」
「いや、なんでもない」

☆恋心あれば下心
(100410)

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