配達先でばったり顔を合わせたその人は、ここの二階に住んでいる、先週もスーパーで見掛けた憧れのあの人だった。


「こんにちは。今日も学校ですか?」
「いえ。友人と買い物に行くんです」

 風が強ければ翻ってしまいそうなスカートと長い髪を揺らして、彼女――夜久月子さんは、あいさつを交わしたばかりの俺にいってきますと手をふった。にっこり微笑みがまぶしい。

 このアパートの住人でもない俺がいってらっしゃいと見送るのは不思議な感覚がしたが、なかなか悪くない。心がフワンと浮いた。
 まるで彼女のスカートになった気分だ。…と、この表現は変態っぽいな。訂正。スカートじゃなくて、あのサラサラな髪にしよう。

 とにかく、気分浮上。
 今日は朝から良い日だ。 ついてる。

「あーあ、手なんてふっちゃって。嬉しそうだね?」
「……なんだよ水嶋」
「"水嶋さま"。僕は神様何様お客さまだよ?応対はしっかりとするように」

 自分から"何様"とか言うな。俺のいい気分を横からもぎ取り踏みつけるように、陰険に笑う。せっかく洗われたばかりの心を、水嶋が泥水を飛び散らせながら払拭していった。

「あの子は陽日さんには勿体無いよ」
「うるさいですよ、水嶋さま」
「僕が欲しいんだもん」
「もんとか言うな!」
「俺様何様」
「あーはいはい水嶋さまですよね申し訳ございませんでしたね」

 陰険眼鏡と話したところで埒は明かない。ここの大家は暇で暇で暇だからこそからかっているだけだろうと、俺には次の配達もあるのだから効率よくいかなければ。

 わざとらしい嘆息で会話を切り上げて、「今月分の料金、まだいただいてないんですけど」後輪上に取り付けられたバッグから牛乳を二本取り出して押し付けた。

「お昼過ぎに払いに行くよ」

 年下のくせに、余裕だ。そんなところがいちいち癪に障る。

 水嶋はカチ、とビンを鳴らし、食えない表情で中に引っ込んで行った。

 爆弾を投下することも忘れずに。


「なんで牛乳屋の息子のくせに身長が……。ああ、気にしてたらスミマセン。では」

 っ、余計なお世話だっつの!

☆子供な大人
(100401)

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