オフ本「るーむしぇあ」のおまけのおまけ話
――――――
「あ」
思わず出してしまった声に、ハッとして口をつぐんだ。
自動車が往来する道路のあちら側に見えた女性が、知っている人――といっても名前も知らない顔見知りレベルだ――それも密かに気になっている人で、さらに目が合ったような気がしたからだ。
どうしてこんなところにいる? この通りが彼女の行動範囲内だったとは、予想外だ。
後ろの人物には聞こえただろうか。だとしたらマズイのかもしれない。僕の私生活とこの仕事を交わらせたくはない。
ケチャップとタバスコで渇いた喉に水を流し込んだ。
背中合わせに座る男が外を注視していることを確認して、そろりと席を立つ。ナポリタンは平らげ済みだ。幸い僕に近いほうに会計レジと出入口があったから、“いつの間にかいなくなっていた”というシチュエーションはつくりやすかった。
簡単だが伝えることは伝えた。今日のコチラの仕事は終了している。
コソコソ逃げ出す自分を客観的に考えて嘲笑が漏れた。
何も僕が逃げる必要はないのになあ。
店の外から、入れ違うように入店した彼女がついさっきまで僕が座っていた席を指差して、彼に何かを話しているのを見た。
言ってしまうのか。
口止めも何も、彼女は僕とあの男の関係を知らない。
そしてあの男は、僕と彼女の関係を知らない。彼女が伝えない限りはこれからも知らないはずだ。
知られたところで、おそらく彼の損得にはなり得ない。
(……少し早いけどバイトに行こう)
覗き見したって仕方ない。何にもならない。
携帯電話を開いて時間をチェックすればシフトの40分前だったけれど、スタッフルームで課題でも片付けていればちょうどいい頃合いになるだろう。
駅の方向に足を向けた。
去り際、透明なウィンドウを挟んで視線を感じたことについては対応するつもりが起きなかった。
「睨んだところで何にもならないのに、馬鹿な人だなあ東月さん」
☆劣等星
(20111023)