「安心しておやすみ」
 頭の芯に直接届くような不思議な心地で、優しい声が響いた。
(誰…だろう)
 私は知りたいのに。磁石でもつけられたのかと思うほどまぶたたちはくっつきたがって、満足に目は開かない。薄目に入ってきた光が眩しくて反射的に目を閉じれば、もう開こうとする考えも洗いさられていた。 冷たい手が頭を撫でる。慈しまれているというより、毛繕いされている、に近い手の動きは、遠い昔誰かに同じことをされた気がして切なくさせる。

 知っているはずなのに、知らない人。
 眠りへと誘う動きはよろしくない。私はまだ眠るべきではないのだから。
 もう少しここにいれば、あなたのことも私のことも他のこともきっとわかる。せっかく集めた欠片を失いたくないのに。
 許容できないなら振りほどけばいい。わかっていても、投げ出された私の四肢はぴくりともせずそこにある。神経はどこにやったのだっけ。探るも見当たらず、挙げ句に指の先を引っ張られた。見えないだけで私には糸が絡まっているのか。操作される存在だと、いうのか。
(わたしは…まだ…)
 ままならない感情と身体の不一致に涙が出た。ちょっぴりだ。何を想って私は泣いているのだろう。明確な理由があげられないのであれば、それはまだ眠くないとぐずるこどもと同じ。
 私は眠い。眠いけれど、素直に従ってはならないと心が軋む。眠ったらすべてがリセットされるのだと、どこかで警報が鳴っていた。あの音は私の声だろうか。私はここにいるのに。――記憶が欲しいと願う私の記憶は、まだじっと潜んだまま。
「俺が憶えているよ。例え君が、どこへ行ったとしても。ずっと、ずっとね」
 だからおやすみと、呼応するように花びらが頬を掠める。白か、青か、虚ろな色の小さな花びら。群青。霞んでゆく視界に、緑の瞳と髪が映って揺れた。世界には私とこの人と降り積もる雪花だけ。
「さあ、忘れようか」
(…そんなの)
 理不尽な言葉に誘われて呆気なく、帳が、堕ちる。

(110804)
ウキョウと主人公

ツイッターに投下した140字から拡げて。イメージはビズログ見開き書き下ろしより。
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