不揃いかつ歪なドッドを背景に、透明に揺れ落ちるそれとは別な滴り。
ぽたり、ぽたり。
雨音に侵食されて、かすかな落音は俺まで届かない。
ぽたり、ぽたり。
だからこれは、俺の頭がこうなんだろうな、と自動作成した物。
だってほら、雨の音とか関係ないんだよ。
この世界はこんなにも静かじゃないか。何も聞こえねーよ。
送り出す最後に少しだけ、あいつと過ごした、追い出すように後にした部屋。畳が、絵の具を溶かしたような赤で汚れていく。
ぽたり、ぽたり。
俺がこの血を被っていることが、何よりあいつを救えた証拠か。乾き始めたそれが手のひらだけ掠れ落ちているのは、小さなお嬢に触れたからだ。柔らかな頬につけた、赤い他人の液。
ここは変わらない。
相変わらず空は灰色だし空気は悪いし終夜がいる。
戻った俺がいて俺は人殺しで撫子は、いない。
政府はそのまま。
有心会もそのまま。
あっちとこっちは違う。
例えばあっちで俺がやってきたことによってこの世界までが救われたとして、こんなゲーム世界みたいに壊れなかったとする。
有心会は発足されない。政府もCLOCK ZEROにはならないまともなまま。
その時あいつは俺のそばにはいないだろう。
優等生と俺では、接点がないから。俺が辿ってきたとおりの軌跡で、あいつが混入しだす場面が思い浮かばなかった。
向こうの俺がどうやってあいつを引き付けたのか、謎だ。
……いや、俺があんなお嬢様にアクション起こすはずねーよな。
「つまり、お嬢が俺にリアクションを起こさせたわけだ」
くくくっと、盛れた笑いはもれなく乾いていた。
俺じゃなくって、“お嬢の知ってるトラ”だっつの。
血に染まった手には充足感が残るのに、もうこの手で抱き締めたい女には触れられないのだと再認識させられた気がして、虚しさにぎゅっと握って目を背けた。
強く食い込んだ爪が力の限度を越え、やがて痛みを覚える。無感動に開いた手のひらでは、鉄錆びの間から新たな赤が滲んでいた。
これが俺の血だと告げたら、あの小さな女は迷わず泣いてくれるのだろう。
俺のじゃないと告げた時、俺はあいつの顔に確かに安心の色を見た。だから。
期待してしまう。
もう、会うことはないと理解していながらに、泣きながら怒るサマを音を取り戻しつつある世界に描いて、苦笑。拳に力を込めてしまう俺に。
俺を想って泣いてくれる、その――もはや妄想で動いている。
ほうら、また、プクり、
ぽたり、と溢れて滲むよ。
SとM
助けを乞う心に栓をして、俺はアイツと出会う前の日常に戻る。
雨は降っていなかった、最初から。それもこれも、聞こえないふり見ないふりで、見て聞いた、アイツの知らない寅之助に戻ろう。
(110509)