夢 | ナノ
世界の為の佐野万次郎





――2018年1月19日 地球連邦 アフリカ州第11地区(旧ナミビア ルンドゥ)


 痛いくらいに握り合った手からふっと力が抜け、武道が膝から崩れ落ちる。今この瞬間、花垣武道は過去へ飛んだ。祈るような心地で抜け殻となり地面に倒れ込むその身体を抱き留めた直人は、しゃがみ込んだ状態で傍に立つイザナを仰ぎ見た。

「……せめて、武道君は戦闘とは無縁の場所に寝かせてあげましょう。このアジトの中で一番安全なのは――…」

 言葉の途中、ドンと扉が派手に揺れ直人は口を閉ざした。は、と息を呑み断続的に叩かれる扉を振り返る。固唾をのんでそちらを見つめる直人の耳にふと、囁くようなイザナの声が届いた。

「……すまない、橘」

 その言葉の真意を問う前に、扉が派手な音を立てて蹴破られる。狭い地下空間になだれ込むのは、白い軍服に身を包みフルフェイスのヘルメットを被った集団。その胸に掲げられているのは、資料で嫌になるほど見た連邦政府の国旗。
 ――連邦軍治安部隊。顔を青褪めさせた直人に目もくれず、室内に押し入った部隊は統率された動きで壁際に整列し銃を胸の前で捧げ持つ。抵抗も忘れ呆気にとられているとふと、しんと静まり返った廊下に視線が吸い寄せられた。時が止まったようにピクリとも動かない集団の奥から靴音を響かせ現れたのは、一人の男。
 肩にかけた軍服を靡かせ悠々と室内に足を踏み入れた小柄なその人物は、見間違える筈がない。

「佐野、万次郎……!!」

 相まみえた怨敵の姿に直人は腕の中に仮死状態の武道を抱えたまま、渡されたサブマシンガンを構え引き金を引いた。……その銃口から弾丸が出ることは無い。自身に向けられた銃も、カチカチと幾度となく鳴る引き金の音も存在しないがごとく。すべてを無視して万次郎は真っ直ぐにイザナの元へ向かい、笑いかけた。

「迎えに来たよ、イザナ」

 手元の銃を見下ろし、自分達を囲む治安部隊を見回し、向かい合ったイザナと万次郎を見て。そこでやっと状況を把握した直人は、はくはくと口を動かした。

「なんで……イザナさん、まさか……裏切っていたんですか……?」

 狼狽する直人の言葉に万次郎はそこでやっと、直人とその腕に抱えられた武道を視界に入れた。考えの読み取れない深淵のような瞳を向けられ、無意識にその視界から武道を隠そうと抱え込む。

「違う。イザナは裏切ってない」
「は……?」

 意味が分からない。天竺を潰し、武道と直人を罠にかけ、弾を抜いた銃を渡して、敵の首魁に親し気に話しかけられて。この一連の行動が、裏切りではないと?
 呆然とイザナと万次郎を見比べる直人の腕を、視線で指示を受けた治安部隊の一人が掴む。

「待ってください、説明を、」

 必死に抵抗するも武道から引き離された直人は、黙したままのイザナに手を伸ばす。治安部隊により地面に引き倒され、後ろ手に拘束される直人の顔先に万次郎はしゃがみ込んだ。

「確か、世界を跨いでもお前の記憶だけは引き継がれるんだっけ。……イザナじゃない。裏切ったのは、俺だ」
「……? 何を言って、」
「次の世界線の俺は必ず殺す。その為に渡した情報で、その為に託した罠だ。……衝動の正体も知らない愚かな佐野万次郎は、禍しか呼ばない。―――生きる価値すらない」

 衝動?罠?意味が、分からない。何も言えないまま、いっそ丁重なまでの手付きで立たされ部屋の外へ連れ出される。武道の方を見ると、わざわざ担架に乗せられ二人がかりで運び出されていた。

「約束は果たした。俺と来て、イザナ。この世界が終わるまで、共にいて。……俺にはもう、イザナしかいないんだ」

 部屋から出る直前。
 佐野万次郎の懇願するような言葉と、差し出した手を掴まれた瞬間浮かんだ迷子が親を見つけた時のような表情が、頭に焼き付いた。





補足:前回のリープでは革命成功後、連邦政府の政策が狂いだした時点でレジスタンス「日ノ本卍會」が結成。地球連邦軍治安部隊日本支部によって制圧、粛清済み。





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