2013 前編 | ナノ
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雙頭蛇的愛情故事 前傳


綺麗に澄み渡った空の下、庭園に咲く華を丁寧に摘み取る。
大輪の華の艶やかさと芳しい香りに思わず頬が緩む。
そっと華を籠の中に入れた時、背後から涼やかな声が聞こえる。
「ルェン」
僕の名を呼ぶ声に振り返れば、光の中に佇む眩いばかりの白が眼につく。
「グアン様」
純白の文官用の官服に身を包んだグアン様がこちらに向かうのが見え、慌てて駆け寄る。
「お早うございます、グアン様」
「お早う、ルェン」
ほんの僅か、その端正な美貌に宿る美しい黄金色の瞳を和らげたグアン様は、宰相という地位につかれている。
朝議に向かう途中なのか、回廊ではグアン様につき従っているのだろう、静かに佇む数名の文官と武官が見える。

「こんなに早くから庭に出ているのか」
「はい、宮に飾る華を摘んでいる所です」
本性である白蛇を彷彿とさせる、さらりと長い美しい白金の髪が風にそよいで揺れる。
「辛くはないか?」
「はい」
普段から表情を変える事があまりないグアン様は、氷の宰相と呼ばれているが、本当はお優しい方なのだ。
こうして下級の使用人にしか過ぎない僕を、何かにつけ気にかけてくれる。
僕が幼い頃から仕えていたからとしても、やはりわざわざ見かければ声をかけてくれるなんてお優しい方だと思う。
その心遣いが嬉しくて笑顔で返事をすれば、グアン様も微かに微笑む。
その姿は正に光の化身と言われるのが頷けるような美しさで、思わず見惚れてしまう。

「……ルェン」
すっと白い指先が僕の頬へ伸ばされ、黄金色の瞳が煌めきを増す。
深く透き通ったその瞳に惹き込まれ、身動きできない僕の頬へ触れる、指先。
長身を屈めたグアン様の美貌が、近づいてくる。
流れ落ちる白金が、頬に触れる。
長い睫毛に縁取られた黄金の奥が、僅かに熱を孕んだ、気が、した時。

「――ルェン」
はっきりと通る力強い声に、ハッと意識が覚醒する。
いつのまにか触れんばかりに近付いていたグアン様の顔に、慌てて後ろへ距離をとる。
する、と頬を撫でていく白金に、僕は何をぼうっとしていたんだ、と頬が赤くなる。
「――ヘイアン」
僕の様子をじっと見ていたグアン様が、僅かに低い声で呟き、視線を動かす。
僕もグアン様と同じ方向へ視線を向けると、漆黒が眼に入る。
「今日も早いな、ルェン」
回廊から迷い無い足取りでこちらに向かってくるのは、ヘイアン様。
本性である黒蛇の時と同じ、濡れ羽色の首筋までの髪を揺らしたヘイアン様は、軍の最高位である元帥であり、漆黒の軍服を軽く着崩している。

「お早うございます、ヘイアン様」
気さくに話しかけてくれるヘイアン様は、その紅い瞳からか焔の元帥と呼ばれている。
対照的色彩を纏ったグアン様とヘイアン様が並び立つ姿は壮麗で、回廊に佇む文官や武官達が感嘆の声を漏らすのが聞こえる。
「グアン、分かってんだろ?」
ぽん、とグアン様の肩に手を置いたヘイアン様に、グアン様はちらりと視線を向け分かっている、と簡潔に答える。
グアン様とヘイアン様は、双子の兄弟であり蛇神の血が濃く出た先祖返りと言われている。
その優秀さは群を抜いていて、実力主義で皇帝を決める中でも次期皇帝は確実だろうと囁かれている。
そんなお二人と、ただの使用人に過ぎない僕がどうして知りあいなのかと言うと、僕を拾ったのが誰あろうこのお二方だからなのだ。
まだ幼少期に奴隷として商人に捕えられ、売られそうだった僕は、軍が商人を捕えた際に保護された一人だ。
一時期保護するために軍の宿舎に集められたおりに、まだ幼かったお二人と出会い、僕はその時の縁で皇帝の宮の使用人として拾われたのだ。
それ以来、こうしてお二人は僕の事を気にかけてくれている。

お二人と他愛ないお喋りをしていたけれど、控え目にグアン様とヘイアン様を呼ぶ声にハッとする。
朝議に向かわれなければならない所を引きとめてしまった、と焦る僕とは対照的に、お二人はゆったりと脚を回廊へ向ける。
「ルェン、昼は一緒に食おう、迎えに行く」
「甘味を用意しておこう」
さら、と二つの大きな手が僕の髪を撫で、優しい声と表情が向けられる。
「はい、お待ちしてます」
昔と変わらないその表情に思わず僕も表情が緩めば、お二人は満足そうに再度撫でてから朝議へ向かわれる。
僕はお二人から特別に可愛がられている、というのは自分でも自覚している。
グアン様はそもそもあまり他人に関心を抱かれない方だし、ヘイアン様も一人に構う事なんてほとんど無い。
そのお二人が僕にだけは声をかけ、こうして触れる。
弟、とでも思っていただけてるんだろうか、と華を再度摘む仕事に戻りながら思う。
お二人が皇帝になった後も、出来ればこうした関係を続けていきたい、と、僕はただ深く考えることはせず、そう思っていた。

◇◇◇◇
「ルェン、美味しいか?」
「はい」
グアン様の持って用意してくれたお菓子は、僕が今まで見た事が無いほど精巧な飴細工がかかっていて、とても美味しかった。
甘い物が好きな僕は、嬉しさから表情が緩むのを止められない。
「これも美味いだろ?」
ヘイアン様が差し出すものは、とろりと蕩ける黒色の甘いものがふんだんに使われている。
異国のものだというそれは、普通なら滅多に食べられるような代物では無い筈。
それを惜しげも無く更に並べられる程用意できるお二人に、やはり住む世界が違うのだと思う。
ただ、僕がここで遠慮したりすると、お二人とも悲しげになってしまうので一旦そういう考えは思考の外に置いておく。
本当は敬語と様付けも嫌だと言われたけれど、それは流石に僕も譲れなかった。
使用人である以上、それだけは出来ない、と説得に必死になったのは中々忘れられない。
結局最後は僕はもう半分泣き付いたような形で、お二人ともに渋々納得してもらった。
だけどやっぱり、自信に溢れたお二人が落ち込む姿は見たくない。

「美味しいです」
一つずつ口に入れ、お二人に笑顔で答えれば黄金と紅が優しげに細められる。
回廊からほど近い東屋に用意された机に、3人で座り一時を過ごす。
僕が使用人として正式に宮で働くようになり、お二人が士官するようになってからの慣例。
本来なら僕が給仕するべきなのだろうけれど、息抜きなのだと言われ、お二人はそれぞれ自分で茶をいれている。
普段は側近として控えている文官や武官も、人払いされているため完全に3人きり。
ここでは気を許されるのか、普段よりお二人も寛いだ雰囲気になっている。

「こうしてルェンの顔を見ると、クソ面倒な事を忘れられて癒されるな」
ヘイアン様が頬杖をつきながら僕の顔を見て優しく微笑んだと思えば、そんな事を呟く。
そう言えば最近は随分と慌ただしそうにしていて、本来事務作業があまり好きでないヘイアン様が珍しく宮で執務している姿を見かける事が多かった。
「何かあったんですか?」
ここ最近軍が出る必要があるような事は起きていないと思っていたけれど、何かあったのだろうかと不安になってたずねれば、いや、とヘイアン様は僕の頬を撫でながら口を開く。
「問題って訳じゃ無い、欲しいモノを手に入れるために必要なんだけど、ただまどろっこしい手続きやらが面倒でな」
辟易したように愚痴るヘイアン様とは反対の頬を撫でながらグアン様がちらりと一瞥して静かに口を開く。
「面倒だからと諸々の手続きを後回しにしたからだろう」
「俺はお前と違って身体動かしてる方が楽なんだよ、ああいう書類仕事はお前の方が得意だしな」
言葉ではそういうものの、実際はお二人の能力にさほどの差は無いと僕は知っている。
幼少の一時、僕も一緒に様々な事を学んだけれど、お二人の能力にほぼ差は無かった。
ただ、グアン様は座学の方がどちらかと言えば好きで、ヘイアン様は剣術などの方が好きだったため、若干得意である程度だ。

もちろんグアン様もそれを知っていて、冷やかな視線をヘイアン様に向ける。
「……別にお前が要らぬというのであれば構わない、私一人のものにするだけ」
「んな事あるわけ無いだろ」
ぎろ、と睨むヘイアン様に、珍しいと思い口を開く。
「そんなに欲しいモノなんですか」
お二人は普段何かに執着するような事は無い。
気にいっていた道具でも、壊れてしまえば何の感慨も無く捨て去ってしまう姿を良く見てきた。
そんなお二人が、面倒と思う手続きを踏んででも手に入れたいと思うなんて。

眼を丸くして見上げれば、グアン様とヘイアン様は顔を見合わせる。
「……そうだ、そのためだけに私たちはずっとここまで来たのだ」
「俺たちはそれさえ手に入れば、他に何も要らねえんだよ」
どこか熱っぽい眼差しのお二人に見つめられ、どくりと胸が跳ねる。
遠い異国にまでその美貌が語り継がれているというお二人に真剣に見詰められると、幼少からお傍にいて見慣れている筈の僕も見惚れてしまう。
黄金と紅の奥が、揺らめく熱を孕む。
大気すらもお二人の放つ雰囲気にのまれ、濃密さを増していく。

お二人から、眼が、離せない。

どくどくと胸が鳴り、じわじわと頬に熱が上る。
なんだろう、この気持ちは。
恥ずかしいのに、熱くて、苦しいのに。
もっと、ずっと、見ていたい。

「……ルェン」
「――ルェン」
ゆっくりと身を乗り出して近づくお二人の声が、重なる。
一層胸が、頬が、熱をもつ。
美しい黄金と紅が、深く透き通り煌めきを増した、時。

「――――グアン、ヘイアン」

凛と空気を裂いて響く、朗々とした声。
熱に浮かされたようにぼんやりした頭で声の方を向けば、豊かな橙色の髪の美女―チォン様。
皇帝陛下の姿に、ハッと我に返る。
「よい、休憩中なのであろう、ルェンは座っておれ」
「ぁ、で、ですが」
いくら皇帝の言葉でも、後ろに控える文官や武官の方の手前やはり座ったままでは、と腰を上げかけた僕を認めたチォン様は視線で全員を下がらせる。
ゆったりと歩を進めたチォン様は、静かに口を開く。

「グアン、ヘイアン、宮についさっきフンホンとツーが参った、案内をそなたらに任す」
その言葉にはっきりとお二人の眉間に皺が寄る。
「はァ?見ての通り今俺たちは休憩中なんだが?」
「他の者に行かせれば良い」
いくら血の繋がった母君とはいえ、皇帝陛下に対するぞんざいな言葉遣いにおろおろと僕は視線をお二人とチォン様の間にさまよわせるが、チォン様は気にとめた様子も無く淡々と告げる。
「仮にも4大貴族の息女と子息、それに相応しい対応が必要であろう」
「俺たちじゃなきゃダメなわけでもないだろ」
あからさまに嫌そうな態度を現したヘイアン様に、言葉にこそしないものの同じようなグアン様。
チォン様はそんなお二人を見た後、僅かに語気を強めて再度口を開く。

「……我は宰相位と総帥位こそそなたらに与えれど、皇帝の位まではまだ与えておらぬぞ」
ひやりとした声に、お二人もチォン様へ顔を向ける。
美姫と名高い美貌に、従える者の持つ存在感。
今目の前にいるのが、お優しいチォン様である前に、皇帝陛下であられる事を改めて自覚する。
「……皇帝として命じる、ってわけか」
低い声で呟くヘイアン様は、すっと眼を細めチォン様を見上げる。
グアン様も僅かに眇めた眼で見つめるも、チォン様は平然とそうだ、と答える。
しばらく無言の見詰め合いが続くも、チッと舌打ちの音と共にヘイアン様が乱暴に立ち上がる。
グアン様も普段に比べやや荒っぽい仕草で立ちあがられ、チォン様に向き直る。
「……それが皇帝の命であれば、臣下の私たちは従うのみ」
「――御命令承りました、皇帝陛下」
皮肉気にそう告げ臣下の礼をとったお二人は、僕の方を向いて苦笑する。

「てことで、ルェン、悪いが俺たちは抜けなきゃならねえ」
「い、いえ、大事なお仕事、頑張ってください」
慌てて首を振れば、チォン様が空いた椅子に腰かける。
「気にするでない、我もしばし休息をとる、ルェンはこれより我と寛ぐゆえ」
優雅な仕草で自分の分のお茶をいれるチォン様に、お二人はむっとした顔をするものの、今度は何も言わずにまたあとで、とだけ告げて回廊の向こうへ歩いていく。

「――あれらはまだまだ子供ゆえ、些か取扱いに困る」
その背を見送っていた僕に、チォン様の僅かに呆れたような声がかかる。
「グアン様とヘイアン様がですか?僕にとったら、十分大人に思えますが……」
皇帝という地位につかれてはいるものの、休息中は僕が子供のころから知るチォン様なため、僕はほっとして口を開く。
さっきの皇帝としてのチォン様は、近寄りがたく少し気圧されてしまう。
「欲しいモノを何としても手に入れんとす、我慢のきかぬ子供と変わらぬ……いや、それを叶えるであろう頭と力を持つ分、それよりも性質が悪い」
困ったものよ、と告げるチォン様がいつもよりも弱気に見える。
「……ルェン、あれらが次期皇帝として囁かれておることは知っておるか?」
「あ、はい」
おそらく公然の事実として宮、否、帝国中に知られているだろう噂に僕は頷く。

「然様、あれらの力は既に我をも凌駕する、次期を選ぶとなればあれらになろう、ただ……」
ゆらゆらと手の中で揺れる波紋を見詰めるチォン様は、一度瞬きした後、僕の眼を真直ぐに見詰める。
「……ルェン、そなたはあれらを好いておるか?」
「え?」
唐突な問いに、思わず目を丸くする。
真剣な表情のチォン様に、僕も自然と気が引き締まる。
グアン様とヘイアン様を、好きか。
「……はい、好きです」
ずっと一緒に育ってきた、家族のようなお二人。
僕が、お二人を嫌いな筈がないのに、なぜ、とチォン様を見ると、しばらく見詰めあう形となる。
強い意志を感じさせる橙色の瞳が、ゆっくりと和らぐ。
「……ならば良い、全てはもう我にも覆せぬ、我らが祖たる蛇神が定めたること……」
ぽつりと呟く内容は僕には理解できないけれど、どこか強張っていたチォン様の肩の力が抜けたようで、ほっとする。

その後はしばらく談笑していたが、微かに聞こえる鐘の音にハッとする。
「あ、チォン様、申し訳ありませんが、仕事に戻らなければならない時間で……」
「我ももう戻る、気にするな」
ゆったりとしたチォン様に頭を下げ、慌てて持ち場へ向かう。

「……願わくば我が子らに幸いある先を……」

歌う様な祈りの言葉は、静かに空気に溶けていった。




130105
(恭賀新禧!!)

あけましておめでとうございます!
どうぞ今年もよろしくお願いします!
あっという間に仕事が始まってしまいましたね
今年は更に多忙になる事が分かっており更新速度はさらに落ちそうです……新年早々すいません(汗)

そして全然世界観の説明無くてすいません……
本性が蛇の世界で、普段は人型です
雌雄どちらも妊娠可能
攻め二人は蛇年なのでアマガサヘビの配色からイメージ(白黒)
ちなみにアマガサヘビはすんごい強い毒蛇で、なんと種類によってはワクチンを投与しても致死率50%、しかも痛みを伴わないため気付くのが遅れる事が多いとか
進化ってのは凄いですね〜、体内で毒を生成するって……しかもこんな強力なのを
生命の神秘ですね
登場人物は一応中国語の発音から名前付けました
ただ発音は検索で出てきたものなので実際とは少し違うかもです