バレンタイン2012 | ナノ
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Hot chocolate 前編


「失礼しま〜す、深海せ〜んせ、いますか〜?」
職員室の扉が開かれると同時に楽しそうな女子の声が飛び込んでくる。
浮足立ったようなその様子に僕も含め職員室内にいた年配の先生方が苦笑する。
未だ授業も始まる前のこの時間、普段ならば職員室を訪れる生徒なんて殆どいないのに、今日に限っては朝から何度も繰り返されている。
しかも女子ばかりが入れ替わり立ち替わり、普段よりも心なしか可愛い姿で。
と言っても、質問をしに来ている訳では無く、彼女たちの目的は一つ。
「深海先生ってば〜!」
中々席についたまま動こうとしない姿に焦れたのか、一層大きめの声が扉の所から発せられる。
職員室中の視線がつられたように声をかけられた人物に動くのにつられ、僕もついつい視線を送ってしまう。

「一度で聞こえてます」
はあ、と一つ溜息をついた後ゆっくりと長身が椅子から立ち上がる。
きゃあっとはしゃぐ気配が更に高まったのが分かるが、それも仕方ないかな、と思う。
彼、深海陵司(ふかみりょうじ)はすらりとした長身に理知的な整った容姿を持った若い先生で、この学校では一番女子に人気がある先生なのだ。
メタルフレームの眼鏡をかけている深海先生は、普段はその雰囲気から中々話しかけにくい印象を持たれがちなので、今日ならば、と意気込んだ女子がこうして朝からやってきては彼へ声をかけチョコを渡しているのだ。
そう、今日は2月14日、バレンタインデーなのだ。
「先生、これっ!」
例にも漏れず今回もチョコを渡されている様子で、深海先生がはあ、と溜息をついた声が聞こえる。

「すみませんが甘い物は余り得意では無いので」
「大丈夫!手作りとかじゃ無いし、市販のやつだから!」
先生手作りとか嫌そうだから、とめげずに女子は手に持った紙袋を差し出す。
こういう時の女子は強いなあ、と僕なんかは感心してしまうのだけれど、朝から同じようなやり取りを何度も繰り返してきた深海先生にとってはもううんざりなのか、再度溜息をつく。
「……私は食べませんし、他の先生方に食べて頂く事になりますがそれでも良いと言うのであれば受け取りましょう」
言っている内容だけ聞くと酷い様に聞こえるが、そもそも彼は事前にチョコあげる、と言っていた生徒に同様の事を言って断っていたので、今日持ってきている生徒はそれでもいい、という生徒ばかりなのだろう。
それに実際問題受け取った物を全て深海先生が食べると言う事になれば健康にも問題になるだろう、というぐらいの量を貰っているため、先生方も苦笑で受け止めている。

「ちぇ、やっぱりダメか〜、ちょっとぐらいなら食べてもらえるかな〜とか思ってたのに〜」
唇を尖らせて言う姿は可愛らしいものだけれど、深海先生は「それはあり得ません」ときっぱりと言い切る。
「ざ〜んねん、でもまいっか、それじゃこれ、先生皆で食べて!」
はい!と渡された紙袋を今度こそ深海先生は受け取る。
「……それではもう用は済みましたね?ではこれで…」
「あっ!深海先生〜!!」
踵を返そうとした所にまたも新しく来た女子が声をかけ、さっきと同じ事が繰り返される。
「羨ましいですか、吉岡先生?」
凄いなあ、と見ている僕にからかう様な声がかけられる。

声の方へ振り向くと、年配の先生がおもしろそうな顔で僕の方を見ていて苦笑する。
「まさか、凄いなあとは思いますけど」
「でも吉岡先生だって若いんだし、貰えるんじゃありませんか?」
「こんな野暮ったい僕にわざわざチョコを渡してくれるような生徒はいませんよ」
「いやいや、吉岡先生には先生の良い所があるだろう?まあ深海先生と同期となれば中々気付いてもらえないかもしれないけどね」
先生も苦笑してまたも増えた紙袋を持ち心なし憮然とした深海先生を見る。
「僕と深海先生を比べるなんて、深海先生に失礼ですよ」
僕、吉岡朋成(よしおかともなり)はその言葉通り、深海先生と比べるなんておこがましいくらい地味な容姿だ。
背だって大きく無いし、ぼんやりした雰囲気も相まって存在感が薄いことを自分でも自覚している。
服装だって深海先生はきっちりと高そうなスーツを着ているのに対し、僕は安いシャツの上によれた白衣というもの。

「ま、深海先生は今日は一日大変だろうねえ」
「そうですね」
どこか気の毒そうに呟く先生に僕も同意する。
元々深海先生は騒がれるのがあまり好きでは無いようで、新任早々その容姿にはしゃぐ女子達を冷たく切り捨てていったというのは有名な事実だ。
それが一層大人の男を感じて良い、と女子の間で人気になってしまったのだけれど。
だけど、深海先生は本当は優しい人なのだ。
同期である僕はそのことを良く知っている。
初めはその端整な容姿から気後れしていた僕に声をかけてくれたし、今でも細々したことで僕が手間取っていると颯爽と手伝ってくれる。
何を話せば、と緊張する僕に色々な話を振ってくれるし、本当にすごい人だと感じる。
生物を担当する僕と数学を担当する深海先生では分野も違うのに、博識な深海先生と話しているとついつい長話になってしまうことも多々ある。

ようやく生徒たちが帰ったのか、若干疲れたように深海先生が自分の席に戻る。
その時ちらと僕の方を見た深海先生と眼が合い、僕がお疲れ様です、と言う様に笑いかけると深海先生もふっと微笑を返してくれる。
その姿に思わずどきりとしてしまい、慌てて手元に視線を落とす。
どきどきとなる心臓にじわじわと頬が熱くなる。
だ、ダメだってば、落ち着け…!
授業の準備をするふりをしながらも、深海先生のあの微笑が頭をちらついてしまう。

僕は同性なのに、女生徒達が抱く様な感情を深海先生に抱いてしまっている。
初めての職場で緊張する僕をいつも何かと優しくフォローしてくれる深海先生に、気付けば初めての恋心を抱いてしまっていた。
それは最初は驚いたし戸惑ったけど、今では仕方ないと事実として受け入れている。
人を好きになること自体初めてだし、僕は同性しか好きになれないのか、と思い悩んだ時期もあるけど、深海先生以外にどきどきすることも無いので多分違うのだと思う。
優しくされたから好きになるなんて単純だなあと自分でも思うけど、好きになってしまったものは仕方ない。
絶対に実る事の無い片想いだけれど、同じ職場でこうしていられるだけで十分。
たまにどきどきして幸せな気分になれたら僕にとっては満足。
多分あんまり僕は欲が無いのかな、と思う。
一緒にいれたら良いなんてなんだか小学生の初恋だな、と思うけど、事実それとあまり変わりないのだろう。
そういう面に対しては生徒たちよりも幼いのだろうな、という自覚ぐらいはある。
もちろん今日もバレンタインだからと言ってチョコを用意したりなんてしていない。
こういうイベント事なんて、僕には全く関係ないものだし。

そろそろ授業へ向かう時間なので僕は教材を抱えて席を立つ。
この学校は理系と文系の科目それぞれに大きな職員室が一つあり、その他にも各教科ごとの準備室があるのだが、朝の集会は必ず職員室に出席する必要があるので少し早目に移動しなければならないのだ。
「吉岡先生」
廊下へ出た所で後ろから声をかけられどきりとする。
「深海先生」
足を止めて振り返ると深海先生がこちらへ心なし早足に近付いてくるところだった。
「私ももう行くのでそこまで一緒に行きましょう」
「う、うん」
隣についた深海先生の身体からふわりと良い匂いがして僕はどきどきしてしまう。
こうして毎日の様に朝は話すのだけど、やっぱりどきどきしてしまって、ああ、僕は深海先生のことが好きなんだなぁと再確認する。

「今日は深海先生、朝から大変ですね」
どこかいつもより疲れたような深海先生にそう言うと、ちょっと困ったように眉を寄せてええ、と答えが返ってくる。
「前々から食べない、と宣言していたのに態々朝から……いくら学校側が今日ぐらいは、と大目に見ているからと言ってあんなに堂々と渡しに来るのは少し困りますね、御迷惑だったでしょう?」
朝から騒がしかった事を申し訳なく思っているのか、いつもより覇気が感じられない深海先生に慌てて僕は首を振る。
「そんな、気にしないでください、それに、それだけ深海先生が人気があるってことですし」
僕がぶんぶんと首を横に振ったのに少しほっとしたのか、ようやく少し雰囲気が和らいだ深海先生が苦笑する。
「人気というか……私のようなタイプの教師が初めてだから、物珍しがって騒いでいるだけですよ、大人に憧れを抱く年頃なんでしょう」
深海先生はそう言うけど、僕はそれだけじゃあないだろうな、と思う。

確かに大人の男の人、それにこんなカッコよくて若いってことで、アイドルみたいに騒いでるだけって子もいると思う。
実際朝からチョコを渡しに来てたのはそういうタイプの女子が殆どだったし。
でも、そうじゃなくて本当に好きになっちゃった子もいると思う。
他愛も無い話をしながらもちら、と隣の横顔を見上げる。
僕とは脚の長さも違うから、当然歩幅だって違う筈なのに、こうしてゆっくりな僕に自然と合わせてくれる。
話すのが得意じゃない僕でも楽しく会話できるようにさりげなくフォローしてくれてるし、こういう優しいところに惹かれてるのは、僕だけじゃない筈。

「あっ、先生〜!後でチョコ持ってくね〜!!」
向こうの校舎から大きな声でそう言ってぶんぶん手を振る女子生徒に深海先生ははあ、と溜息をつく。
その姿があんまりにもいつもスマートな深海先生らしくなくて、思わずくすっと笑ってしまう。
「今日は深海先生、帰りは大荷物ですね、もしかしたら学校で一番貰うんじゃないですか?」
からかう様にそう言えば、深海先生は軽く眼を見開いてから苦笑する。
「先生方にも協力して持って帰ってもらいますよ、それに学年ごとに有名な男子生徒がいるので、彼らの方が大変だと思いますよ」
私はいざとなれば準備室にでも籠れますが、彼らは真っ只中にいるんですから、と若干の同情を含めた表情で言う深海先生にそう言えば、と思い出す。
各学年ごとにずば抜けて容姿の整った男子生徒がいるのだった。
僕はあまり接する機会も無いけれど、女子生徒がよく話題に出しているから聞いては知っている。

「でも先生陣の中では深海先生が一番ですよ」
こんなに格好良いんですから、と笑って軽く言うとふと深海先生が僕をじっと見下ろす。
その視線に思わずどきりと心臓が鳴る。
そんなに長い間じゃないけれど、じっと見つめられてそわそわしてくる。
僕だって、そういう面についてはお子様な感覚だって言ったって、やっぱり好きな人に見つめられたら恥ずかしいって思う。
「……あ、あの、深海先生……?」
思い切って声をかけるけど、じっと僕を見たままの深海先生。
なんだか雰囲気がいつもと違うように感じて戸惑ってしまう。
なんというか、その……い、いつもより男の人っていう感じというかなんというか……

原因の分からない、でも嫌では無い緊張感に包まれる。
深海先生が何かを言いかけたのか、ふとその薄い唇が開かれた瞬間、チャイムの音が鳴り響く。
ハッとして腕時計を確認すると、もう授業の始まる直前で驚いてしまう。
さっきのが予令だから、今すぐ教室に向かわないと時間に間に合わなくなってしまう。
僕と同じように時間を確認したのか、深海先生が軽く眉を寄せているのが視界の隅に映る。
「ふ、深海先生、あの……」
あれだけじっと見ていたのだし、何か言いたい事でもあったのかも、と時間が気になりながらも深海先生の方を窺うと、僕の顔を見た深海先生はしばし逡巡した後ふう、と息をつく。

「……すいません、引きとめてしまって、急がないと間に合いませんね」
「いえ、でもさっき何か……」
言いかけてませんでしたか、と言いたい僕に気付いたのか、深海先生は苦笑する。
「…今は時間が無いので、また後ほどにします」
時間があればお昼にでも、と微笑む深海先生に僕もはい、と微笑み返す。
いつも通りの深海先生にほっとして思わず気が緩んでしまう。
いや、さっきの深海先生ももちろん格好良いんだけど、格好良すぎて落ち着かないというかどきどきしすぎるというか……
一瞬ほのぼのとしてしまうけど、ばたばたと廊下を駆ける生徒の足音にハッとする。
そうだ、急がないと!
「そ、それじゃあ深海先生、申し訳ありませんけど、失礼します」
「お昼にでもそちらに窺います」
おろおろと今更慌てる僕に気を付けて、と声をかける深海先生に軽く頭を下げて早足に教室に向かう。
さっきの深海先生の様子も、話ってなんなのかも気になるけど、今は授業!!
遅刻しちゃう、と焦る僕は、後ろ姿をじっと見ている深海先生には気がつかなかった。




120805再アップ(110211拍手御礼としてアップ)
(ま、間に合った……!)
(吉岡先生、大丈夫〜?)


裏設定として去年のVD企画と同じ学校です
今回は教師同士で挑戦…!