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Doragon's gem 後編


あの後、竜と視線が合うことは無かった。
少し寂しさを感じて、胸は痛んだけれど、仕方ない。
もう俺のことなんて覚えていないかも知れないし、これが普通。
テレビの向こうの芸能人に憧れる一般人なんだから。
こうして、最前列で歌う姿を見れるだけで、十分。
涙を拭って、竜の姿を見つめる。
少しでも、この姿を覚えておこう。
もう、こんな風に近くで見れることなんて、無いだろうから。
記憶に焼き付けて、それを大事にしていこう。
いつか、俺が自然と竜のことを懐かしい思い出と出来るまで。

「今日は来てくれてサンキュな!」
少しでも長く、と願う時程時間は早く過ぎて、もうライブも終盤に差し掛かっていた。
年明けまで後少し。
年を越す瞬間を一緒の場所で過ごせるということを、嬉しく思う。
それと同時に、もうこういう形でしか無理なのだと思うと少し胸が痛んだけれど。
「もう今年も終わりだなぁ…皆カウントダウンっていう大きなイベント、俺達のライブで過ごしてくれて本当ありがとうな!」
イツヤが汗を拭ってマイクを握る。
専らトークはイツヤと、他の二人、テツとショウって人がこなし、竜は一言二言ほど。
今も3人が話す中、竜が短く答えるという形だった。

「…と、そろそろ時間だな」
イツヤが時間を見てにやりと笑い、観客へ向き直る。
「皆!今年最後になる曲は俺達皆で盛り上がって…っていきたいとこだけど、ウチの暴君がすんげー我儘言って、ソロって言ってきかねーの」
肩を竦めちらりとイツヤが竜の反応を窺うけど、竜はいつも通りふん、と傲慢なもの。
だけどメンバーも竜のそんな態度には慣れてるのか、苦笑しつつ受け入れている。
観客も初めての竜のソロ、という事に魅力を感じたのか、わあっと盛り上がる。
「リュウのソロでそんな喜ばれると、俺達ちょっとショックだぜ、なあ、テツ、ショウ!」
「そうだよ〜皆、どうしてこんな暴君が良いの〜!?」
「今流行りの肉食系だろう」
「肉食系!?リュウは俺様系でしょ!?」

軽いやり取りに笑いが零れる。
ひとしきり盛り上がった所で、イツヤがまた観客へ声をかける。
「ってことで、皆も納得してるみたいだから、今年最後はリュウのソロってことで!」
イツヤの声に竜が立ち上がり準備を始める。
それを横目に見ながら、イツヤが声を上げる。
「初めてのリュウのソロっていうことも貴重かもしれないけど、今日のライブはきっと記憶に残る忘れられないものになるぜ!皆にとっても、もちろん俺達にとっても」
なにより…とそこで一旦言葉を区切ったイツヤは、にやりと笑う。
その眼が俺を見ている様に感じて、ぎくりとする。
「……リュウにとっては、念願の時だからな」

え、とざわめく会場とテツとショウを余所に、イツヤは声を張り上げる。
「この曲は全部リュウが手掛けて、演奏もリュウがした一曲だ!」
ステージが蒼い光に包まれていく。
ざわめきが興奮と期待に変わっていく。
「タイトルは―――『Doragon's gem』!!」
眼を開けた竜と、視線が絡んだ気が、した。

◇◇◇◇
流れる様なピアノに、時折切なげに響くベース。
その全てを纏め上げ、観客を魅せる、竜の歌声。
甘く狂おしく歌い上げるのは―――愛しい人を求める、男の歌。
聞いている者の胸を、甘く切なく締め付けるほどに、惹きつける。
誰もが竜の歌声に魅せられる。
つう、と頬を雫が伝う。
竜の歌に、心が揺さ振られて、溢れ出る。

こんなに切なく狂おしい激情を、竜も感じたことがあるのだろうか。
歌詞は、離れている愛しい人を、求め続ける男の独白。
ありふれた恋の歌だと、そう言えないのは、竜の歌声が余りにも美しいからだろうか。
逢えない寂しさを、胸を締め付ける狂おしさを、愛しいと叫ぶ想いを。
その総てを甘く切なく、竜は歌い上げる。

『Instead of reporting love,I swore to sing for you some time. 』
切なげに伏せられた瞳、苦しげな表情が胸に染み入る。
竜を見ていたいのに、視界が滲んでぼやけてしまう。
竜を好きになって、初めて知った苦しみや切なさが、鮮やかなまでに胸に蘇る。
誰もが竜に魅せられ、惹きこまれる。
俺だけじゃ無い、多くの人が。
切なくて、切なくてたまらないのに、どこか誇らしくもある。

誰もを魅せつける、ステージの上の人。
そんな竜を好きになれたことを、嬉しく思う。
他の誰でも無い、竜を。
「ふ…っ」
胸が痛い、痛くて堪らないのに。
未だ俺をこんなに惹きつける。
遠い、手の届かない、俺の、誰よりも。
誰よりも、好きな、ひと。

ふと全ての音が消える。
一度声を切った竜は、伏せた眼を開き、真っ直ぐに前を見る。
煌めきを秘めた、意思の強い瞳。
息さえも止まった気が、した。
ステージの中央、竜の瞳から、視線が逸らせない。
すう、と息を吸った竜の声だけが、聞える。

『Now, I go to embrace you.』
 When embracing closely, I say love to you.』

視線が、絡んで、動けない。
気のせいだって、そうだって思うのに。
竜が、俺を、見てる、だなんて。
そう思うのに、眼を逸らせない。
激情を秘めた強い視線に、絡め取られる。

『I never part with you .
You are ……Doragon's gem.』

ピアノの戦慄が余韻を持って消えていく。
一瞬の静寂の後、ワッと湧き上がる会場の中、俺はぼろぼろと雫をこぼしていた。
竜は、俺に、気付いていた。
気付いて、俺を、あの時と同じ、煌めく瞳を向けてくれた。
一瞬だけでも、俺と、時を共有してくれた。
もう、十分。
これで、十分だ。
苦しくても切なくても、これで。

「……っ…」
耐えきれず両手で顔を覆って俯く。
隣の人には変に思われてしまうかもしれないが、限界だった。
言えない言葉の代わりとでも言う様に、次から次へ零れおちて止まらない。
ざわりと会場がどよめいたのは、その時だった。
ふと眼の前に影が落ちる。
もしかしたらスタッフの誰かが気分でも悪くなったと思ったのかも知れない。
大丈夫だと言おうとゆるゆると顔を上げる。
そこには。

「……っ……」
「…約束通り迎えに来たぞ、珠生」
荒い息をついた竜が、不敵に笑って、俺を見ていた。
突然の竜の暴挙に、観客だけでなくステージ上のテツとショウも眼を丸くしている。
会場を一気に驚愕の中に突き落としたにも関わらず、その張本人である竜は我関せずで、ただ、俺だけを見ている。
俺も、眼の前の竜に、全ての感覚を奪われている。

汗がライトに当たりキラキラと光を反射する。
不敵な笑みも、白磁の美貌も、強い瞳も。
その何もかもが、竜のものに違いないのに、余りの事に反応が出来ない。
だって、まだ、ライブ中で。
竜は、俺は、もう、遠い存在の筈、なのに。
「…どうした、驚きすぎて声も出ないか?」
眼を見開いて固まる俺に、竜は眼を細めるとすっと手を伸ばす。

「っ…」
する、と頬を撫でる手が熱い。
どくどくと触れられた場所から全身へ熱が回る。
目尻に残っていた涙を、長い指が拭い、ようやく俺の頭が現実を認識しはじめる。
「…りゅ、う……?」
「どうした、珠生?」
俺の掠れた小さな声に、竜は優しく応えてくれる。
「な、で……ここ……」
混乱した頭のまま、それだけ問うと竜はふっと笑みを零す。

「…約束したろ、珠生に最高の歌を聞かせてやる、迎えに行くから待ってろって」
じわりとまた目尻が熱くなる。
竜は、覚えててくれた。
あの、他愛も無い子供の約束を。
俺が大事にしてきた、あの思い出を。
友人として、これまで大事にしてくれているなら、良い。
これから先、どれだけ苦しくても、切なくても。
一生、片想いだって、構わない。
この日の記憶を、大切にしていくから。

「……ば、かやろ……まだ、ライブ、ちゅ、だろ、が……っ」
ぼろぼろとまたも決壊する俺の涙腺。
拭いても拭いても零れてくるそれを、竜は何度も指で拭ってくれる。
早くステージに戻らせなきゃいけないのに。
分かってるのに、優しい手の温もりに涙が止まらない。
「皆驚いてること悪いけど、カウントダウンいくぞ!!」
イツヤの声に合わせる様に会場内の画面が30からのカウントを始める。
ああ、早く竜もいかないといけないのに。

「珠生、お前は昔から案外泣き虫だったな」
くす、と笑いながら俺の涙を拭う手を止めない竜に俺はなんとかその手を握って止める。
まだ眼は赤いだろうし、ちょっと涙声だけど、無理矢理涙を拭って竜を見上げる。
「ばか…まだ大事なライブ中だろ、早くステージに…」
「珠生」
俺の言葉を遮った竜の、真剣な顔に思わずどきりとする。
「俺にとって今日のライブは、お前との約束を果たすことが何よりの目的だった」
こんな顔は、初めて。
俺にとっての離れた時間が長かったように、竜にも色んな事があったのだろう。
前から整っていた顔は、男の精悍さを併せ持つようになっていた。
知らない男のような顔をする竜に、胸がドキドキと跳ねる。

「珠生を迎えに行くために、あの歌を歌うことだけが、俺の目標だった」
「っ」
どくんと跳ねる心臓に、勘違いするな、と注意する。
竜は、親友との約束を守りたいって意味で、言ってるだけで。
俺が、竜に抱いている様な感情は普通じゃないんだから。
だから、俺を見る眼が、熱いように感じるのも。
竜の声が、甘さを含んだように聞こえるのも。
全部、気のせいなんだから。
遠くでイツヤが10!とカウントしはじめたのが聞こえる。

「…ぁ、ば、ばーか、んなことより今は早く……」
「…珠生」
抑えていた筈の手が、俺の手を捕えて指を絡め取る。
え、と思った時には、身体を引かれ柵越しの竜の至近距離。
いつのまにか背中に回された腕に、心臓が鼓動を速める。
「……言ったろ、抱き締めたら離さないって」
「りゅ、う…」
間近で見つめる瞳に、俺が映り込む。
5!4!と会場が告げる数字も、今は遠くて。
ただ、眼の前の竜だけが。

「……愛してる、珠生」
蕩けそうな程の熱を孕んだ視線と声。
間近で囁く吐息を感じた、次の瞬間。

「0!ハッピーニューイヤ―!!!」
イツヤの声とともに、花火と紙吹雪が舞う。
けど、今の俺達には、そんなことは遠い出来事で。

「……ん…」
触れる、温もり。
見開いた眼に映る、白磁の美貌。
食むように幾度か啄ばまれ、驚きで緩んだ口内へ熱い舌が入り込んでくる。
「っ、ふ…ん…っ」
思わずぎゅ、と眼を瞑ってしまえば、今度は開けれなくなる。
視界を閉じたぶん、触れ合う場所が敏感になってしまう。
ぐ、と強く抱き寄せる腕に、くらくらする。

どれくらいの時間が過ぎたのか、ようやく竜が唇を解放する。
くらくらしてどきどきして、身体に力が入らない。
は、と熱い息をつく竜を見上げて、竜がぺろりと唇を艶めかしく舐めるのが眼に入りかっと一気に我に返る。
「っな、なにを……っ!!」
かああっと一気に熱を持つ頬を感じながら、竜と距離を置こうと腕を突っぱねるも背に回った腕に拒まれ、逆にもっと引き寄せられる。
「珠生、お前の気持ちは?」
至近距離、唇が触れる距離で、真剣な顔の竜が唐突に問う。
どくんと跳ねた心臓は、密着している竜には筒抜けで。

「…っ」
かっと顔に熱が集まる俺を見て、竜の眼が蕩けた光を宿す。
「珠生…言え……」
命令口調なのに、どこか甘えた様な声に、逃げられない。
「……っれ、も…す、き……」
竜の眼に熱が灯るのを見て、ああ、敵わない、と思う。
好きになった方が負け、と言う様に、俺は、あの眼に魅せられてから、竜に叶う筈が無かったんだ。
だけど、一杯一杯な俺に対してどこか余裕気な竜に何か言いたくて、つい可愛げのない事を言ってしまう。
「…っこ、れでいいだろ、サッサと離れろよ、ばかっ」
ぐい、と胸を押しやるけれど、びくともしない。

ぴく、と眉を上げた竜はく、と唇の端を吊り上げるとぐい、とまた俺を引き寄せる。
「…そんな口は塞がないとな」
「な、ん……っ」
ちゅ、と軽い音を立てて離れる唇に、かあっと一気に熱が上がる。
そんな俺に瞳を怪しく煌めかせた竜が再び近寄って来た、その時。
「…あー、そろそろ戻って来てくれねえ?お楽しみは後でも十分出来るんだしさ」
「……っ!!!」
イツヤの声にハッとして思い切り竜の胸を押しやる。
そ、そう言えば、ここ、ライブ中……!!
一気に自覚する注がれる視線に、かああっと顔が真っ赤になる。
ひ、人前で、お、俺は何て事を……っ!!

ぐいぐいと押す俺をものともせず抱え込んだままの竜はステージの上をぎろりと睨みつけると、一つ息をつきようやく腕の力を緩める。
「…分かった、珠生、お前はここで俺を見てろ」
こめかみに柔らかく口付けた竜はサッとステージへ駆けあがる。
よろよろと椅子に倒れ込むように座った俺を見て、竜は不敵に笑う。
「あー皆も今日は忘れられない日になったろ?そんじゃいくぜ!!」
イツヤがベースを弾けば、ハッとしたように他のメンバーも音を出し始める。
会場も、まだ衝撃を受けつつも彼らの歌に惹き込まれていく。

ステージの上、歌を歌う竜は輝いている。
ぼおっとその姿に見惚れていると、ふとこちらを見た竜がにやりと笑う。
「…っ!ばかやろ……!!」
艶っぽく唇を舐める仕草に、ぶわっと頬の熱が上がる。
周囲からの視線がいたたまれず思わず熱い顔を覆えば、江藤が隣にどさりと腰掛けた気配。
「…江藤、お前、これ、知ってて今日呼んだな…?」
迷いなく俺の所へ来た竜から考えて、江藤もグルだったとしか思えない。
恨みがましくそう言えば江藤はははは、と笑って口を開く。
「……あー、なんだ、珠生、まぁ……諦めろ?」
軽く言う江藤に一言言おうと顔を上げて、竜と視線が合う。
不敵に笑むその姿に、あーあ、と身体から力が抜ける。

江藤にも、そして、何よりも竜に一言言ってやろうと思ってたのに。
あんな顔されたら、何も言えなくなってしまう。
嬉しそうな、本当に幸せそうな表情。
はっきりいって人前、しかもこんな大勢の前で何て事してくれたんだって思わなくもない。
けど、それも竜だから。
「……竜、俺も相当お前のこと好きみたいだぞ……ばーか……」
ゆるく笑めば、竜も甘く微笑み返してくれた。

もう、竜の歌声を聞いても、胸は痛むことは無かった。
代わりに、甘く仄かに熱を灯していった。
そっと胸に手を当てて眼を閉じる。
眼を開ければ、竜の煌めいた姿が見える。
俺は、竜の輝く姿を見つめていく。
それは、きっと、これからも。




110114
(君と歌う、鮮やかな愛の歌)


ちょっと電波な攻めで乙女ゲー展開を書こうと思ったんですが…ちょっと違う…?
オマケで捕捉しようかな…

歌詞がほとんど出てこないのは思い浮かばなかったとかでは無く、想像して欲しかったからです
ええ、決して、決して思い浮かばなかったわけでは……!