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Doragon's gem 中編


結局俺の予想通り、竜とはあれから殆ど会うことは無くなり、竜が地元を離れてからは一切の連絡を取らなくなった。
竜とイツヤは忙しく過ごしているようで、卒業式の時もすぐに戻らなければならず会う機会は無かった。
イツヤとはアドレスを交換していたから、時折メールで近況を知らせ合ったりしたけれど、それも今では年に一度ほど。
俺が高校生の時に竜とイツヤはDoragon's gemという名のバンドでデビューした。
他のメンバーもイケメン揃いのバンドは、あっという間に人気になった。
そのビジュアルもだけど、歌も良いと今では押しも押されぬ地位にいる。
中々メディアには出てこない分、ライブチケットはプレミア物となり入手困難になっているらしい。
ごくたまに雑誌のインタビューなんかに答えているのを見たことがあるけれど、やはり竜は竜らしい俺様のままで、笑った後に少し泣けた。
竜は、どこにいても竜らしく生きている。

俺も大学生となり、一人暮らしを始めた。
実家から大学には通えない距離では無かったけれど、事あるごとに竜のことで盛り上がる母と妹を見ているのは流石にしんどかった。
高校でも、俺はまだ竜のことが好きなままだった。
自分でも諦めようと一度だけ女子と付き合ったりもしたけれど、やっぱり無理だった。
ふとした瞬間に竜の面影を探していて、そんな自分に気付いた時はやっぱり少し泣いた。
だから、無理に諦めることはやめた。
ゆっくりと、思い出にするようにしていけばいい。
そう考えるようになれば、テレビ越しに竜の姿を見ても胸の痛みが小さくなった。
アルバイト先のレンタルショップで、竜の歌声を聞いても、涙が出そうになることは無くなった。

ふとテレビで見た竜の姿に、懐かしくそんなことを思い出していただからだろうか、その頃を知る友人から会わないかというメールが来たのは。
「こっち、ここだ、珠生!」
片手をあげて居場所を知らせる姿に、ほっとして店内を移動する。
「悪い、ちょっと遅れた」
「いや、俺も腹減ってたから先に食ってたし」
同じ大学に通う江藤は、小中学と同じ学校だった。
高校は違う所へ進んだが、大学で偶然再会して以来こうしてちょくちょく飲みに行く仲になった。

俺も何杯か飲んでほろ酔い気分になって来た頃、そういえば、と江藤が話を変えた。
「珠生、大晦日ってなにか予定あるか?」
「大晦日?」
「おう、ていうか、カウントダウン?とにかく、大晦日の夜から元旦にかけて、暇か?」
いきなりの質問に眼を丸くしたものの、特に予定は無かった筈。
レンタルショップのバイトも、帰省しようとシフトを外してもらっていたため上手い具合に空いていた。
両親にしては一日ぐらい顔を出せばいい、という感じだったので別にその時間出かけていても問題は無い。

「特に予定無いけど…」
俺の答えに江藤はそうか!とほっとしたように笑う。
「いや、ライブのチケットが手に入ったんだけど、行く奴がいなくてさ、珠生、暇ならいこうぜ、な、決まり!!」
上機嫌に話す江藤にそんなに酔うほど飲んだか?と思いながらも分かったと返事を返す。
「よっし飲め飲め!飲むぞ珠生!」
「分かったって…」
苦笑しつつ俺もその日はいつもより飲み、ぐっすりと眠ってしまった。
だから、大晦日当日、江藤から待ち合わせのメールが来るまですっかり忘れてしまっていた。

◇◇◇◇
「珠生、こっちだ」
江藤が声をあげこちらへ駆け寄ってくる。
「今日も寒いな〜、ラーメンにでもするか」
カウントダウンライブのため開演時間も遅く、夕食を食べてから行くことにした俺と江藤は目についたラーメン屋に入りラーメンを注文した。
出てくるのを待つ間、ふとまだ誰のライブに行くのか聞いていなかったことを思い出した。
タダで行けるのだから別に誰でもいいのだけれど、どうせならば知っているアーティストの方が良い。
そんな軽い気分で質問をした。

「そういや江藤、今日行くのって誰のライブなんだ?」
「あ〜……言って無かったっけか?」
ぼりぼりと頭を掻いて江藤はそう言う。
俺から視線を逸らしどこかいつもと違う江藤の様子に不思議に思い、再度声をかけようとした所で店員がラーメンを運んできてしまいタイミングを逃す。
「あ、ほら珠生、熱いうちに食おうぜ」
あからさまにホッとした様子で箸に手を付け、ラーメンをすする江藤をしばらくじっと見るが、江藤は頑なに俺と眼を合わそうとせず食べ続ける。
その様子にはあと溜息をついて俺も箸に手を伸ばす。
このままだと伸びてしまうし、これ以上問い詰めてもはぐらかされるだけだろう。
大方俺があまり好きじゃないアーティストなんだろうと俺は気にせず温かいスープを飲んだ。

「あ〜美味かった」
「確かに身体も温まったな」
ラーメンでお腹も膨れ、身体も温かくなり俺は江藤について会場へ向かっていた。
会場に近付くにつれ、周りには同じようにライブへ向かうのだろう人が多くなって来た。
「…なあ、珠生」
道の向こうで楽しそうに話すグループを見るとも無く見ていると、江藤が声をかけてくる。
「何?」
視線を戻すと前を歩いていた江藤がふと立ち止まる。
つられて俺も立ち止まると、江藤がまた口を開く。
「……今日の、ライブなんだけど…、Doragon's jemのライブなんだ」

一瞬、頭が真っ白になった。
Doragon's gemって……それは、竜の……
「覚えてるよな?高野とイツヤのいるバンドだよ」
そんな、そんな、どうしたら。
ライブってことは、もちろん、竜、が、いるってことで。
距離があるとはいえ、テレビ越しじゃ無くて、そこに、いるって、こと、で。
固まってしまった俺に、ゆっくり江藤が振り返る。
「……行こう、珠生、時間が迫ってる」
江藤が真剣な顔で動けない俺の背をそっと促し歩き出す。
俺はまだ動揺を隠せないまま、逃げることも出来ず一歩ずつ会場へ近付いていった。

◇◇◇◇
「ここだ」
江藤に案内された席に思わず息を呑む。
そこはステージの真正面、最前列の、ステージとはほんの数mしか離れていない場所だった。
その余りの近さに言葉の出ない俺の背を押し、江藤は席に座らせる。
「まあまあ珠生、一度座れよ、な?」
「え、江藤……お、俺……」
何を言いたいのかも分からないが、思わず助けを求める様な情けない声が出てしまった。
横に座る江藤を見ると、江藤は苦笑して俺の肩を叩く。
「大丈夫だって!…ま、俺もこんなに近いとは思って無かったから、驚いてるけどな」
聞いてたよりかなり近いし、と零す江藤に俺はおろおろと言い募る。

「ど、どうしよう?お、俺、こん、こんな近いなんて…や、やっぱり、俺……」
こんなに近いと、顔がはっきり見えてしまう。
そうしたら。
竜の顔を見たら、きっと泣いてしまう。
状況も何もかも忘れて、俺は泣いてしまう。
焦燥と恐怖にかられ、席を立ちあがった俺の腕を江藤が握る。
「落ちつけって珠生……それに、逃げるんならちょっと遅かったな」
悪戯が成功したような顔の江藤がそう言った瞬間、フッと会場の照明が落とされる。
え、と僅かに眼を見開いた俺に、江藤が楽しげに告げる。
「開演の時間だ」

わあっと会場が沸き立ち、ステージに蒼い光が差し込む。
周囲の人も立ち上がる気配がするけど、俺の視線はステージに釘付けになってしまっていた。
どくどくと心臓が煩いほどに鼓動を速める。
どこからか漂うスモークがステージを覆い、会場の期待は一気に膨れ上がる。
次の瞬間。

静寂を切り裂くように鳴り響くギター音。
一斉にステージの上へ光が集まり、幻想的な蒼い光に浮かび上がる人影。
ドッと会場に鳴り響く歓声の中、ゆっくりこちらへ向かってくるその影に、鼓動の速度は上がり続ける。
視線が外せない。
立ちこめていた煙が薄れていき、その姿が徐々に現れてくる。
そして。

「……ッ」
俺の真正面、ステージの中央に現れた姿に、一瞬息を忘れる。
じわりと眼頭が熱くなってくる。
すらりと伸びた長身に見合った長い脚。
ゆらりと揺れる黒髪のかかる白磁の美貌。
そして、何よりも。
「――」
すうっと強い眼差しと、視線が絡んだ気が、した。

「今日は楽しんで行けよ!!行くぜ!!」
イツヤの声も、歓声も遠い。
ただ、俺の眼は、こちらを見る瞳から離せない。
何かを秘めた、強い漆黒の瞳。
あの時から、俺を魅せて離さない、瞳。
一瞬にも永遠にも感じた時間の中、眼の前の存在に、囚われる。

瞬きをした竜が、ふと視線を外し、時間が動き出す。
同時に紡ぎだされた竜の声に、ああ、と身体が震える。
ステージの上、マイクを握り歌う竜は、もうこちらを見ていない。
響き渡る歌声に、胸がぎゅうっと切なくなる。
「……っ」
ゆらりと視界が揺れ、頬を伝う熱い雫。

諦めるなんて、無理だ。
ゆっくり思い出にする、だなんて、出来ない。
だって、俺は、こんなに。
次々に頬を伝う雫を、拭うことも出来ずただ只管ステージの上の姿を見上げる。
吸い込まれそうな、あの綺麗な瞳は、あの時のままで。
俺の心は、また、囚われてしまった。
「……竜……」
震えた小さな声は、熱気に埋もれて届かない。
そんなこと、分かってるのに。
もう、遠い存在だって、分かってるのに。

まだ、こんなに、好きになる。
その姿を、声を、街中で聞く度、思い出は鮮やかに蘇った。
枯れること無い想いが、今だって、こんなに。
「……っ……」
苦しい。
だけど、会えて嬉しい。
こんな、竜にしたら、何万人という観客の一人に過ぎない、気にも留まらない再会だったとしても。
一瞬の、事だったとしても。
それでも。

竜、俺は、お前に会えて、お前を、好きになれて、良かったと思うよ。




110106
(ステージの上の君に、また恋をする)


カウントダウンのネタなのに今更ということには眼を瞑っておいてください(笑)