大晦日・新年 | ナノ
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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Dragon's gem 前編


「それでは次は『Dragon's gem』です!!」
テレビから流れてきた女性司会者の声に被さる様に始まるギター。
ついつられてカウンターの右上に設置されているテレビを見てしまえば、そこにはスポットライトを浴びて楽器を演奏するグループの姿。
と、ふとカメラが中央の男性に近付き、男性が視線を真っ直ぐにテレビへ向ける。
「っ…」
強い視線で画面を射抜いたかと思うと、次の瞬間には視線は逸らされよく通る歌声が男性から紡ぎだされる。

「あっ!!Dragon's gemだ!!」
「私好きなんだよね、歌も良いし、何よりメンバー格好良いし!」
華やかな画面に気を取られていると聞えたはしゃぐ女性の声にハッと我に返る。
危ない、今は仕事中だぞ、しっかりしろ、俺。
無理矢理画面から視線を剥がしてレジの向こうを見れば、女子高生らしき二人がテレビを見てはしゃいでいる。
「Dragon's gemって全員格好良いもんね〜私イツヤが一っ番好き!ベースカッコ良い!」
「私はやっぱりボーカルのリュウかな!」
出てきた名前に思わずぴくりと反応してしまう。
俺の反応なんて知らない二人は、テレビを見ながら盛り上がっていく。

「リュウかぁ、リュウって確かに一番格好良いけど、ちょっと俺様っていうか、変わってるよね」
「そこがいいの!誰にも媚びない感じが格好いいじゃない!」
「まあ確かにね、でもそういえばリュウってこの辺り出身らしいよね」
「そう!!ああ〜私に兄貴がいたらリュウとお知り合いになれたかも知れないのに〜!!」
「そんな都合よくいかないって」
二人の会話を聞くともなく聞いていると、ふとカウンターに客が来て慌てて対応する。
貸出の手続きを取りながら、再度画面の向こうの姿を見る。
キラキラと光りを受けて輝く、端整な美貌の男。
もう、俺とは遠い世界にいってしまったのに。
まだ男の姿に高鳴る胸に、苦笑する。
画面の向こうのDragon's gemのボーカル、リュウこと高野竜は、俺、高屋珠生の今でも好きな人、なのだ。

◇◇◇◇
俺と竜は小学校で始めて出会った。
その頃から竜は整った顔をしていたけれど、何よりその性格が変わっていた。
結構な名家で甘やかされて育った竜は、人に命令することが普通だと思っているところがあって、今思うとクソガキだった。
名前順で前後の席になった俺は、おせっかいな性格もあってかそんな竜のことを放っておくことが出来なかった。
竜もなんだかんだと言って世話を焼く俺のことを気に入ったらしく、どんどんと俺と竜は仲良くなっていった。
それがある切っ掛けで更に俺と竜は親友と呼べるまでになった。

確か小学校の3か4年の掃除時間、俺は竜に注意していた。
「竜、そうじはきちんとしないとダメだ」
「そんなもの他のやつにやらせればいいだろ、珠生はおれといっしょに帰るぞ」
ぐいぐいと俺の腕を引いて帰ろうとする竜は、既にクラスの中で王様で、誰もが仕方ないという感じで見てたけど、俺は納得できなかった。
「竜!きちんと約束の守れない竜なんか、きらいになるぞ!」
約束はきちんと守るもの、と教えられていた俺は、先生ときちんと掃除する、と掃除当番になった時に約束したのに、と竜の手を振り払って思い切り怒った。
いつもは何のかんのと甘やかす俺が、怒ったことに驚いたのか竜は眼を丸くしていた。
もちろん周りの皆も驚いていたが、俺はその時父親に休みに遊びにいくという約束を破られた所で、約束を破るということにすごく腹を立てていた。
楽しみにしていたところだったのに、という失望もあって、その時は半ば八つ当たり気味に竜をキッと睨みつけた。

「もう竜なんかしるか!勝手にしろっ!!」
ふん!と思い切り顔を逸らして箒を手に取り掃除しはじめる俺を、クラスの皆も恐々と見ていた。
勢いのまま箒で地面を掃いていれば、俺の横に近寄ってくる姿。
しばらく無視していたものの、その手に箒があるのを見て俺は声をかける。
「……何」
不機嫌に問いかければ、若干気まずそうにしながら竜が口を開く。
「……俺も、掃除をする、だから、その……」
視線をきょろきょろとさ迷わせ、逡巡した後小さい声で竜は悪かった、と呟く。
俺にしか聞こえない大きさではあったものの、あの竜が素直に謝ったことに俺は驚いて怒りも萎んでいった。
俺様な竜が謝って、掃除もするとまで言っている。
結局のところで竜に甘い俺は、簡単にそこで許してしまった。

翌日からはいつも通り俺と竜は話をするようになった。
俺としてはその程度のことだったのだが、あの竜に言うことを聞かせた、と俺のクラスでの位置はあの出来事を境に上がったらしい。
それまでも竜と組まされることが多かったが、完全にセット扱いになってしまった。
なにしろ本当なら男女ペアとなるべき時でも、男子の方が多いから、という理由で竜と組まされるようになったのだから。
俺達の他にも男子同士で組むことになった奴らもいたが、大抵俺は竜とになってしまった。
竜は顔だけ見れば格好良いし、年頃になれば異性に興味も出て組みたい人もいるのでは、と思ったのだが、普段からの竜を知るクラスの女子には、『竜君って見た目は格好良いけど、ねぇ……』という残念な評価になったらしい。
おかげで俺と竜は自然ともっと仲良くなり、中学時代では親友と呼べるまでになった。

中学でも竜は竜だった。
自信たっぷりの俺様で、でもどこか憎めない性格だったから、竜は男女ともに人気があった。
ただ、この頃から竜は歌に興味を持ち、事あるごとに俺に将来の夢を言っていた。
「珠生、俺は将来必ず歌手となり、大勢を魅了する存在になるだろう」
「あ〜そうか、竜、分かったからそこ黄色に塗って」
中学の体育祭の準備でペンキを塗っている時も竜はそう言って自信気に笑っていた。
「うむ、そうなれば珠生、お前は特等席に招待して俺の歌を聞かせてやろう」
「うんうん、楽しみにしてるな、あ、そこ赤な」
「いいな〜珠生、俺も呼んでくれよ、高野」
「ふん、お前の働きによっては考えてやろう、ということでサッサと塗れ」
俺もクラスの奴も、軽い冗談だと受け取っていたけれど、竜の中では違ったらしい。

中学2年になり、竜はクラスの数人とバンドを組んだ。
俺も誘われたが、致命的にリズム感が無いことが判明した俺は楽器も歌も無理だと断った。
俺が断ると竜の機嫌が悪くなったため、結局アシスタントという名前のみの役職を与えられ竜に連れられバンドに顔を出していた。
竜はその当時音楽の教師から素晴らしい!!と称賛されるほど歌唱力はあったし、バンドの他のメンバーも結構上手い奴が多かったこともあって、たまに参加した小さいライブとかでも直ぐに人気になっていった。
学校側から注意されるかな、と思ったけど、メンバーに口のうまい奴がいて羽目を外さないように、と軽く注意されるだけで済んだ。
「珠生、いつか俺はこんな小さなハコでは無く、広いステージで歌い大勢を魅了する」
「うん、そうだな」
その時はこの竜の言葉も強ち夢物語では無いな、と感じていた。
まだ中学生ながら竜は大人のバンドからも勧誘を受けていたし、竜自身ボイストレーニングや体力づくりなど、本格的に歌うことについて取り組んでいて、夢について語る竜の眼が輝いていたから。
本気で考えているのだ、と分からないほど俺は鈍く無かった。

ライブが終わった後、ねぎらう俺に竜は口癖のようにいっていた。
「いつか、お前に最高の歌を聞かせてやる、珠生」
「そっか、楽しみにしとく」
にこ、と笑えば竜も眼を細め待っていろ、と答えた。
「おいおい、俺もベース弾いてるんだから、そこは俺達が最高の歌を聞かせてやる、だろ?」
「イツヤ、おつかれ」
「サンキュ、珠生」
タオルを渡せば首筋をごし、と拭いたイツヤが俺の隣に腰を下ろす。
イツヤと竜は、容姿も整っていて技術も卓越していることからバンドの中でも人気を二分していた。
中学からの付き合いだけど、イツヤも竜と同じで将来はプロになることを目指していて、よく竜と歌の事について話し合っていた。
竜もイツヤのことは認めているようで、音楽については一目おいているのだけれどその分ライバル心でもあるのか、よくイツヤには訳のわからない所で対抗している事がよくあった。
今日も何かが竜の中で引っかかったらしく、イツヤにむっとした顔を向ける。

「……珠生に聞かせるのは俺が作って、俺が歌う歌だ、お前の出番など無い」
ふん、と鼻を鳴らしてそう言う竜の俺様な態度には慣れているイツヤはあ、そう、と軽く流す。
「だったら俺も自分で曲でも作って、珠生に聞かせてやろうかな、な、珠生」
ぽん、と肩に手を回されにこりと綺麗な笑顔を向けられる。
竜に負けずとも劣らない端整な顔の急接近に眼を丸くしているとチッという舌打ちと共に俺の背後から伸びた腕がイツヤの顔を引き剥がす。
「黙れ、珠生には俺の歌以外必要無い」
「っ…」
ぐいと引かれた弾みで耳元に低めの声と息がかかり、じわりと耳が熱を持つ。
「はいはい、悪かったって」
肩をすくめてにやにやと竜の顔を見ながらイツヤはそう言うけれど、竜はまだ俺を掴んだまま離さない。

「お〜い、イツヤにリュウ、珠生も、打ち上げ行くぞ〜!」
メンバーの声に反応してようやく竜の腕が緩み、どきどきと鳴り出した心臓を隠すように慌てて竜から身体を離す。
その反応にむっとした顔の竜が何かを言おうと口を開くが、それより早く俺は立ち上がる。
「珠生、」
「先に出てるから、荷物持ってすぐに来いよっ」
タオルや確認のために持ってきた楽譜なんかを集めて鞄に入れ、足早に出口に向かう。
自分でも頬が赤くなっているのが分かるから、俯いて顔を隠す。

自分でもおかしい、と思うけれど、竜に対してこういうことをされるとまともでいられない。
最近じゃライブ中の真剣な竜の顔にドキドキしっぱなしだし、ライブ中に眼が合うと自分でも顔が赤くなるのが分かるほど動揺してしまう。
女子に竜が騒がれてるのを見ると、ずきずきするし。
………これって、やっぱり……
「……好き、ってことだよな……」
人影の少ない出口近くでぽつりと呟く。

自分でもなんで、って思う。
いくら顔が美形だからって、どこからどう見ても男だし、俺様な性格。
どっちかと言えば俺は色々と迷惑だってかけられてるし、何より同じ男なのに、って初めは気の間違いだと思おうとした。
だけど、やっぱりどきどきするし意識してしまう。
自分の性癖に愕然としたけど、仕方ないか、と今では諦めている。
だって、キラキラした顔で夢を語る竜が格好いいと思ってしまうんだ。
最高の歌を聞かせてやる、と言われたら、胸がきゅうっとなるんだ。
眼をそらしててもどうにもならないなら、いっそ認めた方が楽だろう?

別に、俺は竜とどうこうなりたい、って気は無い。
顔も性格も地味な俺が竜と付き合えるなんて思って無いし、そもそも男同士でなんて竜の中ではありえないだろうし。
竜は今は女の子に興味は無い、むしろ音楽にしか興味は無いみたいだけど、その容姿もあってもててる。
俺様な性格も、男らしくて良いっていう女子も多いし、いつか恋人がその中から出来たっておかしくない。
今までは俺が竜のお目付役、みたいな感じだったけど、竜も色んな人と接して最近は俺様だけど周りと合わせるってことも覚えたみたいだし、いつまでも俺が一緒にいれるとは思って無い。
ただ、ほんの少しでもいいから、竜の傍で夢を叶える姿を見てたい、と思う。
だから、自分の気持ちに気付いたからって、言おうとも思わないし今までと何も変わることは無い。

「珠生、待て」
追いついた竜の声に振り向く。
もう落ち着いて顔だっていつも通り。
「行くぞ」
俺の隣にきた竜がそう言って歩き出す。
その背中を追いかけながら、いつまでこうしてその背中を見れるのかな、とちくりと胸が痛む。
だけど、それには蓋をして俺は立ち止ってこちらを振り返る竜の元へ足を進めた。

◇◇◇◇
その日は、あっさりと訪れた。
俺が考えていたよりも早く、心の準備も不十分な程に。
「珠生、歌を本格的に勉強しないか、と事務所に誘われた」
卒業を間近に控えた中学3年の冬、受験前の最後のライブをした後、いつもよりも遅れて楽屋に戻ってきた竜はそう言った。
一瞬言っている意味が分からなかったけど、イツヤが竜の後ろから「これ名刺」と有名レーベルの名前の入った名刺を俺に渡し、一気に竜の言葉が頭に入ってきた。
「えっ、それって、スカウトされたってこと…!?凄い!おめでとう!!」
竜やイツヤよりも俺の方が興奮してしまい、思わず声を上げてしまったが、二人が以外にもあまり喜んでいない様子なのに気付き落ち着きを取り戻す。

「どうしたんだよ、嬉しくないのか?」
何とも言えない顔をしている二人を見て声をかけると、無言で竜は俺の隣に座りイツヤははあーっと大きく息を吐く。
「…いや、俺もプロに憧れてたから嬉しいけどさ、実際こうして誘われると迷っちまって……確実に成功するってわけでもないし」
イツヤが苦笑して零す言葉に、俺は驚く。
「…イツヤも不安とか感じるんだ?」
実際他のバンド仲間は普通に高校を受験して、憧れはするけどプロにはならないっていうスタンスだったけど、竜とイツヤだけは必ずプロになる、と宣言していたから、不安なんてないのかと感じていた。
「珠生、俺も人間だぜ?それに高校も事務所お抱えの専門の所に行くことになって、寮暮らしが必須みたいだし」
パンフレットのようなものをパラパラとめくるイツヤに、ふと黙ったままの竜も不安を感じ迷っているのだろうか、と思う。

「…竜は?やっぱり、迷ってるのか?」
じっと手の中の書類を見る竜は俺の問いかけに視線をじっと俺に向け、ゆっくりと口を開く。
「……俺は……」
そこまで言うと竜は口を噤んでしまい、ただ見つめられるだけという状況に俺は少し動揺してしまう。
竜の眼は言葉より雄弁で、今も何が言いたいのか分からないながらも感情が渦巻いているように見えた。
「ま、とにかくこればっかりは親とも相談が必要だし、今すぐ答え出せってわけでも無いしな」
イツヤがパン、と書類を閉じて明るくそう言うとようやく竜の視線が俺から外れる。
その後は何事も無かったかのように家へ帰ったけれど、俺は言いようのない予感を感じていた。
俺と竜の関係の、何かが確実に変わってしまうだろうことを。

冬休みも終わりに近付いたある日、俺は竜に呼び出され夜の公園に来ていた。
竜は珍しくも携帯を持っていないため、実家に直接竜が来て、ちょっと話がしたい、と外へ出たのだ。
竜には便利だから、と勧めているのに面倒の一言で携帯をもとうとはしない。
まあ多分竜が携帯なんて持ったら女子のアドレスですぐ一杯になってしまいそうな気がするから、俺としてはちょっとほっとしてたけど。
俺の両親、特に母親は美形の竜のことがお気に入りで、受験生である俺をなんの躊躇も無く冬空の下へ送り出した。
こんな寒い時になんだよ、と思ったけど、真剣な竜の顔に黙ってついていった。

多分、決めたんだな、と顔を見た瞬間悟った。
だから、公園で竜から聞かされた時も、ああ、とうとうか、としか思わなかった。
「……珠生、俺は事務所に入ることに決めた」
遊具に寄りかかる様にして向かいあって立つ竜が、じっと俺を見つめてそう言った時、そうだろうな、と思った。
竜はプロになることをずっと願ってたんだし、それを叶えるため努力だってしてきた。
普通なら中々無いチャンスを、逃がす理由なんて無い。
「……そっか、おめでと」
昔からの夢だったもんな、と言えば竜が少しだけ表情を和らげる。
けれど、また直ぐに硬い表情になる。
「…この年明けから、事務所に通うことになった、寮にも入る必要があって、行ってしまえばこっちへ戻ることは滅多に出来ない」

いくら事務所に所属すると言えど、学校である以上入学するためにテストを受けなければならず、寮での生活の準備も必要になるから卒業式ぐらいにしか出れないのだと言う。
学校側にももう話は付けてあって、後は実際に向こうへ行くだけらしい。
「…俺としては珠生も連れていくつもりだったのだが、それは無理だと言われた」
むっとした顔で呟く竜にぷっと思わず吹き出してしまう。
俺も連れていくって、それは無茶苦茶だ。
多分俺様理論で俺も連れていくと言い張った竜が簡単に想像できて苦笑する。
「それは当然だって、あっちにしたら竜とイツヤをスカウトしたんだから、俺は関係ないだろ」
しごく当然のことなのにまだ不服そうな竜に事務所の人も大変だろうな、と思う。
基本的に俺様の竜は一度言いだすと宥めるのが大変なのだ。
今まで俺も何度大変な思いをしたことか。
…でも、それも、もうこれからは無いけれど。

ちくちくと痛みを感じながら、竜の方を見るとふいに真剣な眼とあってどきりとする。
「…俺は必ず、成功する」
きっぱりと言いきる竜の眼は、冬の星の光できらきらと輝いている。
「そして、必ず珠生に最高の歌を聞かせてやる」
いつも通りの台詞を、ここまで真剣に言う竜を、見たことがあっただろうか。
惚れている欲目からでは無く、只単純に格好良いと見惚れる。
「だから、俺が迎えに行くのを待っていろ、珠生」
自信たっぷりに、傲慢なまでに言いきる竜に、じわりと胸が熱くなる。

「……何、言ってんだよ、馬鹿……」
俺のことなんて、きっと忙しい日々を送れば忘れてしまう。
記憶の底へと沈んでいって、ふとした時にそう言えば地元におせっかいな奴がいたな、くらいにしか思わなくなる。
華やかな世界の中で、俺では無い綺麗な人と恋人として過ごすようになる。
それなのに。
「……期待せずに待ってるよ、ばーか……」
ほんと、馬鹿野郎。
最後まで、こんな期待させる様なこと言うな。
諦められなくなるようなこと、言うな。

微かに震える声を押さえ込んで、無理に笑顔を作ってそう言えば、ほっとしたように竜が表情を緩める。
「ふん、俺が馬鹿だと?いつかその口塞いでやるからな」
いつも通り俺様な態度の竜に「誰がさせるか」と軽口で返せば、ほら、いつも通り。
他愛もない話をしながら、じくじく痛む胸を押しこめる。
もう多分これが最後だから、少しでも、長く。
くだらない話題で盛り上がって、もう少し、もう少しでいいから。
携帯も持たない竜に、俺から連絡を取る方法なんて無い。
もしあったとしても、俺は電話もメールも、手紙だって出せないだろうけど。

だって、怖いから。
忘れられてしまっていたら?
こいつ、誰だ?なんて、思われたら?
竜は俺様だけど、優しい。
きっと俺が連絡を取り続ければ、返事はしてくれる。
でも、その実面倒だ、なんて思われたら?

そんなの、考えるだけでも怖い。
俺は臆病で、弱虫。
だから、これが、最期。
こうして軽口をたたき合うのも。
「…そろそろ帰るか」
竜がふと時計に眼を止めて、切りだす。
「…うん」
これで、最後。
白い吐息が夜に溶けていく中、前を歩く竜の背中を見つめる。
この背中も、きっと、これが最後。

「珠生、風邪には気を付けろ」
俺の家の前まで送ってきた竜の言葉に「竜もな」と返して、立ち止まる。
俺が家に入るのが先だ、と言う竜に、帰るのを見送らないと入らない、という俺とでひと悶着するが、業を煮やした俺がぐいぐいと竜の背を押したことで決着はつく。
「おい、珠生」
「はいはい、早く帰る帰る」
渋い顔をする竜を無視しにっこり笑って手を振れば、仕方ないというように竜は踵を返す。
「いいか、俺が帰ったら直ぐに家に入って寝ろ」
「分かった分かった」
何度も振り返る竜に、早く帰れ、と手を振れば竜はようやく背を向け歩き出す。

段々と遠ざかり、夜の中へ見えなくなる背中。
「……ばいばい、竜」
白い吐息とともに落ちた雫は、静かに夜に溶けていった。




120101
(歌声と共に蘇るのは、鮮やかな記憶と胸の痛み)

新年明けましておめでとうございます!
今年もどうぞ散華をよろしくお願いします

しかし過去編だけで前編が終わってしまった…
あ、音楽とかそういうことについては妄想なので流して下さい